知るための努力2009-07-07 Tue 17:09
なんだか中途半端な部分で終わってしまった作品。
椛と文のお話。 「捜しましたよ、射命丸様」 木の上に寝そべっている私に、下から声を掛ける椛。 「あーあー見つかっちゃったか。せっかく椛対策の隠れ場所だったのに」 「苦労しましたよ」 千里眼から隠れるために、この緑で一杯になっている木の中へと隠れていた。 しかし、バレてしまったから、もう今後椛には通用しないだろう。 未だに降りて来る気配が無い私に、椛は大きく溜め息を吐く。 「射命丸様、仕事なのですから……」 「私には新聞があるから」 「新聞作るのは個人、しかし仕事は天狗社会全体に影響を及ぼします。さぁ、早く」 「侵入者撃退とかなら楽だけど、資料や報告書を纏めるのなんて面倒」 「それが社会というものです」 ちらりと目線を下に向けると、椛のまっすぐな瞳が見えた。真面目で融通のきかない、それでいて純粋。そんな椛が、私はちょっと苦手だった。 気楽で自由に生きたい。そんな私とは対照的な性格が椛だ。 規律を守り、己の役目を果たすために日々修行を怠らない。ゆえに椛の体には生傷が絶えない。私からすれば、何必死に頑張ってるんだか、といった感じだ。 「大体さ、私がサボれば椛も自由なわけですよ?」 「私は大天狗様より直々に命じられたことを全うするだけです」 うっとうしい。 片手で捩じ伏せることは可能だが、大天狗の命令で椛は来ているため、迂闊な真似は出来ない。 生活がだらしなかったり、仕事も書類関係はすっぽかす。そんなことをしていた私に、大天狗が椛を世話係に命じたのだ。 私は最初抗議した。しかし、大天狗は私が椛のようなタイプを苦手としているからこそ、送り込んだと言った。もちろん、大天狗の命令を私が覆すことが出来るわけもなく、今に至る。 「さぁ、降りて来て下さい。射命丸様」 「やだ」 「……ふざけないで下さい」 「悔しかったら私を落としてごらんなさい」 「分かりました」 私はまだ短い間だが、椛の性格を大体掴んでいた。 真面目すぎ、意外に短気。 「私に傷一つ付けられたら、仕事をしてあげます。だけど、出来なかったなら今日はフリーで」 「良いでしょう」 そして、必ず約束を守る。決して嘘はつかない。 それだけ分かっていれば、十分だ。 椛は毎日修行を欠かさない。自由気ままに生きている私とは、大違い。 「参ります。約束、忘れないで下さいよ」 「かかって来なさい。実力の差を教えてあげる」 椛は頭上の私目掛けて、弾幕を放つ。数は中々、勢いも及第点。 だけど、遅い。 「数が多くても、勢いがあっても、当たらなければ意味は無いわよ」 私は木の上から動かない。落としてみろ、と言ったのだから動く気は無い。 迫り来る弾幕を、風で逸す。強烈なまでに激しい突風が、椛の弾幕を地に伏せる。私に迫っていた全ての弾幕は、風で押し戻され、地に居る椛へと牙を向く。 「はっ!」 「ほぉ……」 しかし、椛は怯えることなく、自慢の剣技で捌く。捌き切れないものは、横へステップし、紙一重でかわす。 前回は、ここらへんで潰れたのに。うん、やっぱり成長してるのね。 「あやや?」 身軽なステップで、いつの間にか椛が徐々に迫って来ている。なるほど、接近戦に持ち込む気か。私は椛と接近戦をしたことが無い。私の弱点と考えたのか。そして、私の考えでは椛は接近戦を得意とする。 「覚悟!」 「まだまだ浅いわね」 風を操る。突風を起こして、椛の動きを鈍くする。 椛は必死に堪えて、吹き飛ばされてはいない。だが、先程までの身軽なステップは無くなった。 「突っ込むだけなら、それこそ野良犬でも出来ますよ」 「っ!」 ちょっと挑発をしてみる。さてさて、短気な椛はどう反応するかな。 「なら……野良犬はこんなこと出来ませんよ!」 「あやっ!?」 椛が、盾を手裏剣のように投げてきた。 私は勢い良く迫るそれを、慌てて顔を横に逸して避ける。 おお、これは予想外な行動だ。うん、ひやひやしたけど面白い。 「隙有り!」 あ、今の一瞬で風を操るのを止めてしまっていた。 眼前に、白い、いや銀色かな。綺麗な銀髪が現れた。剣を持つ腕を、大きく振りかぶっている。 風を操る余裕は無い。 「残念でした」 「え?」 悪戯っぽく笑って、椛の腹部を蹴る。 椛には残念だけど、私の方が断然速い。そして、椛は私が接近戦を苦手と予想してきたが、私は接近戦も得意。いや、長距離戦よりも断然得意かも。 私の蹴りは予想外だったらしく、椛は吹っ飛んで地に落ちたまま動かない。かなり効いたようだ。 「椛、実力差のある相手に攻撃をする際、大きく振りかぶるのは禁物よ。せっかくの隙に強烈な一撃を与えたいのは分かるけど、その分あなたの隙が大きくなる。本当に強い者は、そんなチャンスを逃さない」 「……はい」 「でも、今回は前回より成長してたわね。もし、最後の一撃を大きく振りかぶって無かったら、一撃食らってたかもしれません」 「そんなこと、ありません」 寝転がっていたままの椛が、起き上がる。 せっかくの綺麗な髪か、土に汚れてしまっていた。まぁ、私がやったんだけど。 「射命丸様は、一度もスペルカードを使っていません。本気の弾幕も。それに、その場所から動きませんでした。どう足掻いても、私の負けでした」 「う~ん、それでも良くやった方だと思いますよ。詰めは甘いし、まだ未熟な部分が目立ちますが、椛はこれからもっと強くなるでしょう」 「同情は要りません」 ありゃ、不貞腐れたかな。いや、悔しかったのかな。 椛の表情は、この高さからだと分からない。 「同情じゃあないわよ。私が今まで嘘を吐いたことありますか?」 「はい。覚えている限りでも二十回以上は」 あー、信頼感は限り無く零のようで。自業自得だけどね。 でも、今回のは本心なんだけどね。 「それでは、失礼します」 「あやややや? 何処へ行くのです?」 「約束ですから、今日はもう自由にして下さって結構です」 「椛はどうするの?」 「……」 むむむ、上司の質問に答えないとは、生意気な。なんて、ね。多分この子の性格からして、修行するでしょうね。悔しくて、たまらないだろう。 大きな傷は無いとはいえ、服も心もボロボロだろうに。 「椛、今日一日休みなさい」 「嫌です」 「上司命令よ」 「私は射命丸様の直属部下ではありませんから」 「むぅ……頑固者ですねぇ」 「ええ、よく言われます」 「しっかり休まないと、次は今より弱くなってるかもね」 あ、椛のふさふさな耳がぴくって反応した。 面白いなぁ。 「ちゃんと休まなきゃ、強くなれるものもなりませんよ」 「……分かりました。それでは」 一礼をして、椛は去って行った。 さて、自由になれたは良いが、正直特にすることは無いのよね。 仕方無い、新聞のネタを探しますか。 「と、思ったけど……昨日見回ったばっかりなのよね」 大体は昨日回ってしまった。紅魔館や博麗神社なども。特に目新しいものは、無かった。 「新しい場所……そうだ!」 ◇◇◇ 「というわけで、椛の家を取材しに来ました」 「帰って下さると嬉しいです」 「嫌です」 「大体、休めと言ったのは射命丸様では無いですか」 「ふむ、確かにそうですね」 椛が疲れた表情で、私を嫌そうに見ている。 う~ん、そうだ。 「なら、今日は私が椛の世話をしてあげます」 「は?」 「いつもは私が世話されてますから」 「いえ、結構です」 「椛も世話される気持ちがどんなものか、味わうと良いですよ」 ちょっと強引に、椛の家へと入る。 随分と簡素だ。 木製の箪笥に卓袱台。部屋の隅には布団が綺麗に畳んだある。それ以外には、特に何も無い。少女っぽい可愛らしい人形一つ、有りもしない。まぁ、椛が人形で遊ぶようには見えないけど。 「何も無いですよ」 部屋に入った私を、溜め息吐きながら椛が追って来る。 「ですね。新聞に『犬走椛、実はお人形遊びが趣味だった』とか書きたかったのですが」 「人形なんて、私には似合いません」 「案外似合うかもしれませんよ? 今度アリスさんに頼んでおきましょうか?」 「アリスさん、って誰ですか?」 「人形を扱う魔法使い。そっか、椛は知らなかったのですね」 アリスさんは結構有名だと思うのだが、知らないのか。もしかしたら椛は、妖怪の山組織内しか知らないのでは無いだろうか。 「椛って、世間に疎いんですか?」 「というか、興味ありません」 世間に興味が無いなんて、とことん私と真逆だ。 「私たち、真逆ですよね」 「そうですね。私は射命丸様が理解出来ませんし」 「う~ん……取材ターイム!」 「は?」 突然大声を上げる私に、きょとんとしている椛。 椛のこんな表情見るのは、初めてだ。 「椛、趣味は?」 「え、将棋です」 「休日は何してますか?」 「修行を」 「好きなタイプは?」 「そうですね……って何ですかいきなり!」 むぅ……勢いに任せて結構取材出来そうだったのに。 せめて好きなタイプを知れば、面白かったのに。 「何って、知るための努力です」 「は?」 「椛は私が理解出来ない、と言いました。私も椛が理解出来ません。というか正直、椛苦手です」 「まぁ、好かれてるなんて思ってませんが」 「ですが! それは互いをまだ知らないからです! ならば、知るための努力が必要でしょう。よく知らないのに、相手を嫌うなんて愚かな行動です!」 「は、はぁ……?」 そう、相手をよく知らないのに嫌いだなんて言ってはいけない。なんて、今思ったんだけどね。 椛は私の勢いに負けて、少したじろいでいる。 「私が知ってる椛のことと言えば、頑固者、短気、純粋、真面目とかしか知らないですし」 「結構知ってるじゃないですか」 「さぁ、椛も遠慮無く私に質問して良いですよ!」 「興味ありません」 「ぬぁっ!?」 キッパリと一刀両断された気分。 思わず変な声を上げてしまった。そんなに私に興味が無いか。いや、好かれて無いのは分かってたけど。 「いや、正しくは興味がありませんでした」 「はい?」 「でも、今では、射命丸様がどうしてあんなに強いのか、何故私を完全に拒絶しないで、私を知ろうとするのか、いろいろと気になります。射命丸様という存在を、知ってみたいと思ってます」 うわ、何か聞き方によっては恥ずかしい台詞だ。 それなのに、椛はいつも以上にまっすぐな瞳で言うものだから、私は余計に恥ずかしい。 「射命丸様、えと……その」 「どうしました?」 まっすぐな瞳が、今度は揺れている。何か言いづらいことでも、あるのだろうか。椛がこんなにも落ち着きが無いのは、珍しく思えた。 椛が唾を飲み込む音が、聞こえた。 「しゃ、射命丸様!」 「は、はい!?」 突然の大声に、私はびくっとする。 「あの……ご趣味は?」 「……は?」 「で、ですからご趣味は?」 「えと、それ訊くためだけに、あんな緊張してたの?」 あまりにも予想外で、思わず取材モードが解けてしまった。 椛は顔を赤くして、 「わ、悪いですか!? こういう、他人と触れ合うこと慣れて無いんですよ! しかも、改めて何かを訊くなんて恥ずかしいじゃないですか!」 と言った。 あー、確かに椛は今まで他人に興味持って無かったみたいだし、慣れて無いのかも。けど、ここまで可愛らしい反応をするとは思わなかった。 思わず笑いが込み上げてくる。 「あー笑わないで下さいよ!」 「ご、ごめん……くっ、だって予想外過ぎて」 「かなり勇気出したんですから……」 「そうね、私の趣味は新聞作り。ネタは自慢の速さで幻想郷を飛び回り、集める。他に質問は?」 「ぅ~……今日はもう良いです」 「あやややや、そうですか」 再び取材モードに切り替える。 さて、そういえば今日一日椛を世話すると言った。 「椛、何か食べたい物ありますか?」 「え、あの……私がやりますよ」 「世話すると言いましたから」 「私、射命丸様が料理するところを見たことが無いのですが」 「安心して下さい。数年振りですが、必ず美味しい料理を作ってみせます! えーと、隠し味にすり下ろした賢者の石を少々……パチュリーさんからお裾分けして貰っておいて良かった」 「何作る気ですか!」 「私オリジナルのゆでたまごです」 「ゆでたまご!? もうやめて下さい……私が料理します」 「冗談ですよ。あややややジョークです」 椛は冗談が通じないなぁ。さて、久し振りの料理だ。本気でやろう。多分、腕は落ちて無いとは思う。 出来上がった頃には、この溜め息ばかり吐いている椛を、笑顔に変えてやるくらいの料理が出来上がっているだろう。 「物凄い不安です」 「腕は落ちて無いですよ」 「本当ですか、それ?」 「大丈夫ですよ。私が椛に嘘吐いたことありますか?」 「はい、覚えてる限りでも二十回以上」 「……ですよね」 本日二回目の同じようなやりとりをする。 こうなったら、意地でも美味しい料理を食べさせてやる。 そんなことを考えながら、私が塩の入った入れ物だと思って掴んだ物は、醤油瓶だった。 |
コメント |
コメントの投稿 |
|
トラックバック |
| ホーム |
|