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絶対あめだま宣言!

好きなことや様々なことを、ただ適当に綴ります。SS書いたりなど。あやれいむ布教委員会の会長です。

コトコト。

2013年から不定期で更新を行っていた、文と霊夢のあやれいむSS『コトコト。』です。
甘い甘い恋は、煮込むみたいにゆっくりコトコト時間をかけて、より味わい深い関係の二人になっていく。
ということで、やっと完結でした。
 
 
 射命丸文が他者と深く関わることは、基本的に無い。別に交友関係が無いわけではないし、むしろどちらかと言えば顔は広い方だ。けれども、深い繋がり、例えば恋人や主従関係といった、そういう類のものには積極的に手を出そうとはしない。親友と呼べる存在でさえ、僅かだ。それにはいくつか理由があるが、その中でも一番のわけは、今までの人生でそこまで深く知りたい、繋がってみたいと思えるような相手と出会わなかったこと。
 しかし、そんな文に最近変化が訪れた。

「はぁ……この写真も没ね」

 ぽつりと呟き、手に持った一枚の写真を作業机の上に無造作に置く。机の上には、同じようにばらばらに置かれた何枚もの写真。一見、ただの何気ない写真のように見えるが、よく見るとある共通点があった。
 それは文が無意識のうちに、撮ってしまったもの。いつの間にか、写真の中に必ず写っている人物。その机の上に置かれた全ての写真には、博麗霊夢の姿が写っていた。
 文は頬杖をついたまま、ため息を零す。

 射命丸文は、博麗霊夢という存在に魅かれている。

 その事実に気付いたのが、つい最近。きっかけは、なんてことない同僚の一言だった。珍しく同僚が文の家にやって来て、ここ最近のアルバムを見た後の「巫女の姿がやけに多くない?」という言葉。文は「いやいや、たまたまでしょう。まぁ巫女はネタになるんで、そのせいかもね」と返し、同僚も納得をしてその日はそのまま何事も無かった。
 けれども、改めてそのアルバムを見返すとおかしいことに気付いた。ネタになるからだと言ったが、実際に確認してみると、お茶を飲んでいるだけの姿や、呆れた表情、ふっと笑みを浮かべている場面などなど、別になんてことない写真ばかりで、とても新聞の記事に扱えるような写真からは遠いものだった。
 何故そんな写真を撮ったのか、文自身よく分からなかった。だが、そのことを不思議に思うことはあっても、決して不快に感じることはなく、むしろそれらの写真を眺めていると、自然と頬が緩みそうになることに気付いた。
 なので文は、今の自分の状態を、何故か自分が霊夢に魅かれていると結論付けることにした。

「うーん……なんでかしらねぇ」

 適当に一枚、写真を手に取る。それは一昨日の宴会の写真。霊夢が呆れた表情で、魔理沙や萃香の馬鹿騒ぎを眺めている、そんな何気ない一枚だ。
 何故こんなものを撮ったのかと改めて考えて、文は疑問符を浮かべる。

「……可愛いなぁ」

 写真を見つめ、ぽつりと呟く。そして、ハッとなる。一体何を言っているんだか、と文は自分で自分に呆れつつ、その写真を近くに放置してあったアルバムの中にしっかりと保管した。
 作業机に写真と共に置かれた、真っ白の紙。それは新聞の記事が、全く進んでいないことを表していた。
 別に大会が近いわけではないので、いつも通り締め切りなんて窮屈なものは無い。気分で作り、気分で発行だ。だから文に、そこまで焦りは無かった。

「このままじゃ、駄目よねぇ」

 しかし、こんなよく分からない状態をずっと続けていても気持ちが悪い。それに今はまだ良いが、もしいつか開かれる大会の時にまでこんな状態で何も書けなかったら、それは最悪なことだ。参加してダメならともかく、参加すらできない結果になる。
 では、どうするか。考えるまでもなかった。
 文はとりあえず、この状態の原因解明に動くことにした。顔が広い文にとって、幻想郷の中でもトップクラスの知識人であろう知り合いは何人か居る。相談事を話せる友人も、僅かにいる。
 そうと決まれば、即行動。
 少しぼさっとした髪を櫛で梳かし、薄いシャツとスパッツという姿からいつもの服装へ。その時間、僅か数分だ。そして、出かける際には欠かせない愛用手帳の文花帖と、それなりに使い込んだ黒い装飾のペンを持つ。最後に鏡の前で、身嗜みのチェックをしたら、準備完了。

「よし、おかしなところは無しっとね」

 勢い良く、外に出る。絵に描いたような青空に、文の黒い翼が良く映える。眩しいくらいに太陽が照りつけるが、心地良い風が吹いているので暑くは無い。
 文はポケットから文花帖を取り出し、ぱらぱらと捲る。

「さて、誰に相談しようかしら……」





 ◇◇◇





「どうも、毎度お馴染み文々。新聞ですー!」
「図書館では静かにしてもらえるかしら。大体、なんであなたがここに居るのよ」
「ちゃんと当主、レミリアさんの許可を得て来ましたよ」
「レミィが直々に許可? 一体どんな気紛れ?」
「なんでも、面白い運命が見えてるとか何とかで。どういう意味かは分かりませんでしたけど」

 文が向かったのは、紅魔館のパチュリーの元だった。
 面倒事にはなりたくないため、ちゃんとレミリアに許可を貰った上での訪問だ。文を見た瞬間、何故かレミリアは意地悪い笑みを浮かべながら快く許可した。その態度が文にとっては不気味だったが、許可自体はありがたいため、素直にお礼を言って図書館へとやって来た。
 机を挟んで文の向かい側に、パチュリーが面倒臭そうな表情をしている。本を開いてはいるが、読んではいないようだ。文という訪問者に邪魔されたからだろう。

「で、何の用? 取材なら小悪魔にでもしてちょうだいな」
「いえいえ、今日は取材じゃないんですよ」
「……まぁ、なんとなく予想はしていたわ。レミィが面白そうに許可している時点で、きっと普通のことじゃないのでしょうし。小悪魔、飲み物二つ」

 パチュリーが聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言うと、とてとてとてと小悪魔がやって来た。
 そして文とパチュリー、二人分の紅茶を淹れてそれを渡す。

「あ、わざわざありがとうございます」
「いえいえ、お口に合うか分かりませんけど。あ、血は入ってないので安心してくださいねっ」

 それでは、とニコっと可愛らしい笑顔を見せた後、小悪魔は仕事に戻って行った。

「……何と言いますか、悪魔っぽくないですよねぇ、彼女」
「元は悪戯っ子だったのよ、あれ。調教――じゃなかった、教育してあげた結果があれね」
「……そうですか」

 聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がしたが、文はあえて聞かなかったことにした。
 文はこほん、とわざとらしく咳払いを一つ。

「今日はですね、私なんかでは足元にも及ばないくらいに素晴らしい知識を持つパチュリーさんに、是非ともご教授願いたいことが――」
「お世辞はいらないから、簡単に用件だけ言いなさいな」
「うぐっ……。では、単刀直入に言います。相談事に乗って欲しいのです」
「……は?」

 もっと厄介な何かを持って来たのかと思えば、ただの相談事ときた。パチュリーは思わず、きょとんとしてしまう。
 しかし、文の表情は真面目そのものだ。それを見たパチュリーは、これは単純な意味では無く、別の意味で何か厄介なことなのかもしれないと考えた。本を閉じ、ふぅと一呼吸。

「相談に乗るくらい、別になんてことはないわ。話してみなさい。あなたの求める答えを出せるかどうかは、分からないけどね」
「あ、ありがとうございますっ! そうですね……何から話せば良いか」
「話す内容も整理せずに、ここに来たわけ?」
「あっ、あやややや。なんというか、口で説明しにくいんですよぉ」
「記者なんだから、話術には長けている方でしょう? なんとかしなさいな。それに話してくれないと、何も始まらないじゃない」
「うぐっ……うぅんー」

 どうしたものか、と文は考える。上手く説明するには、今の状況をある程度把握してないといけない。だが、その状況は気分的なものであるため、言葉に乗せて説明しろと言われると中々に難しいことだった。
 どうすれば上手く伝わるかと考えてみるが、残念なことに良い案が浮かばない。
 文がちらりとパチュリーを窺うと、いつも通り何を考えているかよく分からない表情を浮かべて、ただ黙っているだけ。
 うーんうーんと唸り、悩む文。
 しばらくその様子を見たパチュリーは、わざとらしく大きなため息を一つ零した。

「はぁ……あなた、もしかして意外に不器用?」
「ほ、放っておいてくださいっ!」
「あらそう。なら帰りなさい。出口はあちらよ」
「すみません放っておかないでください哀れな子鴉に救済の手をー」

 文は机に顎を乗せて、ぐてーっとする。
 そんな姿を情けなく思ったのか、パチュリーは助言を一つ。

「まともな文章になってなくても良いから、今の気持ちを吐き出してみなさい。そこから状況、あなたの悩み、何をどうしたいのかとかを分析出来るかもしれないから」
「……分かりました。あのですね」

 文はパチュリーに、今の自分が話せる限りのことを全て話してみることにした。気が付いたら、霊夢の写真ばかり撮っていたこと。霊夢をいつの間にか、目で追うようになったということ。
 どれもこれも、しっかりとした言葉になっていないような、ツギハギだらけの文章になっていた。文自身、よく分かっていないのだから、整理がついていないのだから、こうなってしまうのは仕方がないとも言える。
 パチュリーはそんな文の話を、目を瞑ったまま、ただただ聴くことに専念していた。
 そして文が息を吐き、全てを話し終わると、ゆっくりと目を開く。

「なるほどね。レミィが面白がるわけだわ」
「わ、分かったんですか!? 私自身、よく分かっていないのに!?」
「えぇ、簡単なことよ」

 流石は知識の魔女だ。文がそう思いつつ、パチュリーを見ると、何故か口元が少し歪んでいるのが見えた。笑いを堪えているような、そんな笑みだ。
 人の悩みの一体何がおかしいのかと、多少腹が立つ。だが、ここで怒ってしまって相手の機嫌を損ねてはならない。文はそう思い、あえてそこに言及をしないでおいた。

「あなた、恋をしているのよ」
「……は?」

 しかし、パチュリーの口から発せられた言葉は、文の想定外すぎることだった。誰が誰に何をしているというのか。文は鈍った頭をフルで動かし、なんとか思考する。
 誰が、は文がである。誰に、は霊夢にだろう。何をしているのか、はさっきパチュリーの口から発せられた言葉から導き出すに、恋だ。
 文が霊夢に恋をしている。
 それを理解した瞬間、文は目の前の机を叩き、勢い良く立ち上がった。その拍子で、椅子が倒れたが、気にしない。

「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!?」
「いやいや、そういうものよ。恋っていうのはね」
「私は真面目に相談をしてるんですが……」
「だから真面目に返してあげただけよ。私なりに、あなたの望む答えをね」

 パチュリーは意地悪い笑みを浮かべているが、その瞳の奥には嘘偽りは一切込められて無い。つまり、からかっていたり冗談なのではないということだ。
 そのせいで、文はうぐっと言葉に詰まる。恋だなんて、考えてもいなかった。
 とりあえず冷静になるため、倒れた椅子を元に戻し、そして座る。

「で、その理由は? 私が、その……恋をしていると判断できる理由は、一体なんですか?」
「理由? 理由ねぇ……」

 パチュリーは人差し指でとんとんと机を突きつつ、どう説明すべきかと考える。文の様子からするに、全く納得がいっていないのは丸分かりだ。
 さて、どうしたものか。考えた末にパチュリーが出した結論は、簡単なことだった。

「あのね、そもそも恋ってどういうものか分かる?」
「そりゃあ……えっと、何と言いますか」

 改めて問われると、何とも答え辛かった。今まで他人にそこまで執着したことがない文にとって、それはある意味未知のことだったからだ。
 文が答えられずにいると、パチュリーが口を開いた。

「まぁ正直、恋とはこれだっていう答えは、明確にはないかもしれない。それは人によって、感じ方が違うから。胸が締め付けられるような想いもあれば、相手のことがひたすら気になって仕方なくなることもある」
「じゃ、じゃあ私のこれが恋じゃない可能性だって」
「そうね、ありえるわ。けど、恋である可能性も充分あるの。多分あなたは今まで、その可能性を考えもしてなかったでしょう? だから私は、答えになる可能性のある、一つのことを教えたにすぎない。もちろん、一番可能性があるやつを選んだ結果だけどね」

 文は俯き、黙ったまま考える。確かにパチュリーの言う通り、ありえないことはないかもしれない。けれどもそれが一番可能性があるとは、到底信じられなかった。あくまでも、いくつかあるであろう答えの中の一つとして、捉えることにした。
 掴めない自分の感情、求めているもの、答え。それらが明確に分かったわけではないが、それでも一応ここへ来た価値は僅かながらでもあった。そう考え、文はぺこりとお辞儀をする。

「ん、ありがとうございました。お礼に、今度パチュリーさんの特集組みますね」
「その様子だと、あまり納得はいってないみたいね。それと特集なんて、やめて頂戴。鬱陶しい」
「新聞で個人が特集されるなんて、名誉なことだと思いませんか?」
「お生憎様。ネタにされたいだなんて、これっぽっちも思わないわ。魔女が有名になったって、碌なことになりゃしない。そういうのはレミィ辺りなら、喜ぶんじゃない?」
「ではレミリアさんとパチュリーさん、お二人の出会いなどを是非とも今度」
「何も面白くないわよ、そんなもん。それにそんなの、レミィも私も許可しないわ。さぁ、用が済んだなら、さっさと帰りなさい」
「ん、残念です。では、またお会いしましょう。ありがとうございました!」

 踵を翻し、文は図書館を後にした。
 パチュリーは特に見送りなどはせず、もう既に興味は手元の本に戻っていた。





 ◇◇◇





「惚気はやめてくれませんか? というか、文さんでも他人を好きになったりするんですね。てっきり私、文さんはそういうのには無関心なのかと」
「へー、まさか文が恋するなんてねぇ。ま、あれよ、適当に頑張って。あ、告ったら結果教えてねーどっちに転んでも面白そうだし。成功したら、祝福の言葉くらいはかけてあげるわ」
「っ……あんたら、こっちは頼れる友人と思って相談したっていうのに! 椛は冷たすぎ! はたては適当すぎ! もうちょっと、親身になってくれたりしないの!?」

 文が慧音に相談をしようと人里へやって来た際、甘味所で見知った顔を見かけた。同じ天狗の仲間、はたてと椛だった。後で回って相談するつもりだったが、居るなら先に相談してしまおう。そう考えた文は、二人に声を掛けて事情を話した。
 そして、現在に至る。
 ぷるぷると体を震わせ、怒りを露にする文。それに対し、椛は顔をしかめた。

「文さん、第一相談する相手がおかしいんですよ。恋愛相談なんて、恋愛に縁の無い私やはたてさんにされたところで、意味がないことくらい分かるでしょうに」
「あれ? さりげなく椛、私を恋なんて出来ないような残念な子とか、そんなニュアンスで言ってない?」
「別に言ってません。ただ、私もはたてさんも文さんも、そういうのには興味がないタイプかと思って」
「はぁ……つまり、あんたたちに相談した時点で私が悪いってわけね。にとりに相談した方が良かったかなぁ」
「河城のやつもきっと、興味ないタイプでしょう。機械に愛を注ぐって感じですし。今日だって、一緒に甘味所行こうかって誘ったのに、やりたい開発があるからって断られましたし」
「……ん? にとり、椛、はたてってことは……誘われていないの私だけ!?」
「いや、文は誘いに行ったら居なかったし。入れ違いになったんでしょ」
「なんだ、良かったぁ。てっきり嫌われているのかと」

 文はほぅっと胸を撫で下ろす。
 はたてと椛は、もきゅもきゅと団子を頬張る。椛が喉に詰まったようで、慌ててお茶を飲んだ。それを見てはたてがけらけらと笑うと、椛は恥ずかしかったのか、頬を少し朱に染めて、ジト目で睨んだ。
 そんな二人を見て、文も何か注文しようかなどと思い始めたが、そこでふと思い出す。

「あぁそうだ、慧音さんに相談に来たんだった。忘れてた」
「ボケが始まりましたか、文さん」
「椛、そろそろ張り倒すわよ?」
「けどさ文、その人って恋愛相談出来るようなタイプなの? 私たちみたいに、そういうのに興味無いようなタイプだったら、あんまり意味無いと思うけど」
「あぁー……確かに色恋沙汰には興味が無さそうな人だけど、その人の知識はやっぱりあてになるし、相談する価値はあると思う。……って、ちょっと待った! なんでこれが恋であること前提になってるのよ! そうよ、そこに突っ込むの忘れてたわ!」
「いや、だってねぇ……」
「むしろそれが恋じゃないと言うのなら、何が恋なのか是非とも教えていただきたいです」

 椛もはたても、恋以外の何物でもないだろうと思った。
 しかし、文はそれを認めようとはしない。どうしても、納得出来ないようだ。

「私がただの人間なんかに、恋をするわけがないでしょう」
「ただの人間じゃなくて、博麗の巫女じゃん。しかもあの巫女、結構人気者なんでしょ? なら、文が魅かれちゃうってのも、あるんじゃない」
「……確かに嫌いではないし、むしろ好意的な感情を抱いていることは認めるわ。少なからず、魅かれているのも事実。だけどそれはきっと、あくまで取材対象、ネタとしてこれ以上ないくらい面白い存在だからこそであって――」
「あーもうっ、言い訳がましいんですよ。さっさと告白して、振られちゃえば良いじゃないですか。そうしたらきっと、すっきりしますって」
「そんなことしないし、まずなんで振られる結果しかないのよ!」
「いやまぁ、文さんが振られても振られなくても、私としてはどっちでも良いんですけどね。あくまでほら、可能性的に高い方を挙げただけであって」
「よーし椛、スタンダップ! 弾幕ごっこでケリをつけましょ」
「あーもうっ、二人ともこんなところで争わない! 店のおばあちゃんに迷惑かける気?おばあちゃん、さっきからこっち見てシャドーボクシングで威嚇してるわよ。大体、文は相談しに行くんでしょ? さっさと行ってきなさいよ」
「うぐっ……椛、勝負はお預けね」
「はいはい、分かりましたから」

 椛に軽くあしらわれたのが不快だったようで、文は子どもみたいにべーっと赤い舌を出して、その場を後にした。
 はたてと椛は、そんな文の後ろ姿を眺めつつ、団子を頬張る。

「……しっかし、あの文がねぇ」
「驚きですね、素直に」
「どうなると思う、椛?」
「さぁ? 私は博麗の巫女とは、あまり関わったこと無いですし。それに文さんは恋だってこと、どうあっても認めたくないような態度でしたから、特に進展とかそういうのは無いんじゃないですかね」
「文って、へらへらしてるように見えて、実は結構頑固だったりするもんねぇ。さてさて、どうなることやら」



―2―


「すみません、お忙しいところを」
「いや、構わないさ。それより何だ、相談とは?」
「実はですね、その……」

 卓袱台を挟み、文の向かい側に慧音が座っている。正座かつぴんと伸びた背筋が、どことなく慧音の人となりを感じさせた。
 文は言葉を発そうと口を開く。だが、そのまま少し戸惑ったように視線を動かし、そしてしばらくして口を閉じた。言いたいことはある。しかし、中々言い出せないでいる。
 慧音のその人柄から、信頼はしている。だが、それでも今この状況は、あるイレギュラーのせいで、言い出し辛いものがあった。

「どうした、射命丸? 内容を言ってくれないと、相談に乗ることが出来ないのだが」
「えぇ、言いたいのは山々なのですが……」
「ならば、何故言わない? もしかして心配なのか? 私は決して、相談内容を言い振らしたりはしない。安心してくれ」
「慧音さんの、そーいうところは信頼してますとも、はい。ですが、ですがねぇ……一つ言わせてください! 何故、あなたがここに居るんですかぁ!」

 文が立ち上がり、慧音の隣をびしっと指す。そこには、阿求がちょこんと正座しているのだ。
 しかも、とても興味津々といったような、そんなきらきらした瞳をしながらだ。そんな状況で、文が相談を言える筈もなかった。
 阿求はこほんと、わざとらしく一つ咳払い。

「私はたまたま慧音さんの家に、教材を届けに来ていただけなので。ご安心を、文さん。私はほら、二酸化炭素やら水素やらかなんかだと思って無視してください」
「そんな聴く気満々な顔されてるのに、言えるわけがないじゃないですか!」
「阿求、射命丸はどうやら真面目に相談をしたいらしい。だから、大人しくしててくれるか?」
「はい、私とっても大人しく聴くことにします」
「よし、なら良い。さぁ射命丸、思う存分話すと良い」
「いやいやいや、なんで阿求さん追い出そうとはしないんですか!? 見てくださいよ、阿求さんの顔! 腹立つくらいに、ニヤニヤしてるじゃないですか!」
「ん?」

 そう言われ、慧音が隣の阿求をジッと見つめる。すると阿求は、見た目の幼い外見に似合わないような、大人っぽい表情になった。凛々しく、そして無駄に美しい。さっきまでのニヤニヤ顔は、どこへやらだ。
 それを見た慧音は、阿求を信頼しきった様子。
 慧音は文の方を向き、大丈夫だから話してみろ、と無言で促す。しかし、慧音がそうやって阿求から目線を外した瞬間、阿求の顔がにへらぁっとした緩い顔に変わった。

「ほらほら慧音さん、見てください! その妙に腹の立つ顔をした阿求さんを!」
「射命丸、阿求は真面目な顔をしているじゃないか」
「そうですよ、文さん。私はとても真面目です。というわけで、さぁ! 相談しましょうそうしましょう!」

 まるで新しい玩具を目の前にした子どものように、目をきらきらと輝かせて楽しそうな様子の阿求。慧音も特に追い出す気は無いらしく、何も言わない。
 仕方なく、文は諦めて、話すことにした。

「はぁ……一応言っておきますが、他言無用でお願いしますよ?」
「勿論だ」
「勿論ですようふふ」
「……明らかに一人信用ならない人がいますが、まぁ良いでしょう」

 阿求の方を軽く睨みつつ、今までのことを全て話す。
 この状況や気持ちが、どういったものか分からないこと。それをパチュリーや友人やらに相談したところ、恋だと言われたこと。だが自分自身は、それを恋だとはどうしても納得ができないこと。
 慧音は真面目な表情で、阿求は気味が悪いくらいの笑顔で、それを聴いていた。
 文は話し終わると、ふぅっと一息。卓袱台の上にある麦茶を手に取り、一口飲んだ。喋り終わってからからの喉には、まだほど良く冷えたままの麦茶が心地良かった。

「ふむ……すまないが、私は恋愛に関しては少し疎くて」
「そうですか――って、まず恋って決めつけないでくださいっ!」
「いやいや文さん、それを恋と言わずに何を恋と言うんですか。素直に認めるべきだと思いますよ?」
「違います。断じて違います!」
「ふむ、では逆にどうして射命丸は、それが恋だとは思わないんだ?」
「えっ? だってそれは……」

 慧音に言われて、文は思う。何故、ここまで納得したくないのか。パッと思い付くのは、種族の差だった。プライドの高い天狗が、人間如きを好くはずがない。そう考えたが、その理由は何故だかしっくりこなかった。
 他にも色々思い付く限り理由を脳内で挙げてみるが、どれもこれも、これが決定的な理由だ、というものは思い付かなかった。
 言葉に詰まったままの文を見て、阿求が口を開く。

「文さんはきっと、初めての感情に戸惑っているのです。少し落ち着けば、それが恋だと自覚できますよ」
「確かに感情に戸惑ってはいますが、この感情が恋だとは……」
「なら、確認してきちゃえば良いんじゃないですか?」
「確認?」

 一体どうやって確認をするのだろうか、と首を傾げる文。慧音も分からないようで、横に居る阿求に視線を送る。
 すると阿求は、そんなことは簡単だといった感じで、言う。

「霊夢さんの所へ行って、意識してみれば良いんですよ。自分はこの人が好きなのかな、って。もし恋なら、きっと胸がどきどきしたり緊張したり、とにかく冷静じゃいられないと思いますよ」
「そうですかねぇ……」
「いや、私もそれは良い考えだと思うぞ。意識してみることで、見えなかったものが見えてきたり、分からなかったことを理解出来たりするかもしれない。一度試してみても、良いんじゃないか」
「慧音さんがそういうのなら、試してみても良いですけど」
「ちょっとその言い方だと、私の言葉は信用がならないみたいなニュアンス入ってませんか?」
「え、だって阿求さんは、なんていうかその……明らかに面白がっているようにしか見えないのですが」
「そんな……私は少しでも、文さんの力になれたならって思って。およよー」
「そういうあからさまな嘘泣きとかするから、信用出来ないんですよ。なんですか、およよーって。どんな泣き方ですか」

 ジトっとした目で文が睨むと、阿求はコロッと表情を変えた後、えへへと笑った。慧音はそんな阿求に、思わず苦笑いを浮かべる。

「すまないな、射命丸。だが阿求も、本心はお前を思って発言してくれているはずだ。ただ、素直じゃないんだろう」
「……慧音さん、そういうこと真面目に言われると、私が恥ずかしいんですけど」
「お前が素直じゃないのが悪い」

 うーうーと慧音をぽかぽか殴る阿求だが、力の無い阿求の攻撃など痛くも痒くもないのが現実である。
 そんな阿求の攻撃を無視しながら、慧音は真面目な顔で文の方へと向き直る。

「射命丸、お前がどう動くかはお前の自由だ。正直、私では大して相談に乗れなかったかもしれない」
「いえ、そんなことは」
「けれど、どんな行動をするにせよ、後悔はしないようにな」
「……はい、ありがとうございました」
「いや本当、大して力になれなくてすまない」
「またいつでも相談しに来て下さいねっ?」
「それでは、私はもう行こうと思います」
「ん、そうか」

 阿求の言葉はさらっと無視しつつ、慧音も文も立ち上がった。そんな二人に対して、阿求は可愛らしく頬を膨らませたが、誰も見ていない。
 慧音は文を見送ろうとするが、文は丁重に断った。ぺこりと軽く頭を下げ、その場を後にした。
 文が居なくなった部屋、少し疲労した慧音と無視されて不貞腐れた阿求の二人。
 慧音はそっと、阿求の横に腰を下ろす。

「さて、どうなるか」
「多分、何も変わらないんじゃないですかね」
「何故そう思うんだ?」
「文さん、結構臆病だと思うので。きっと自分の気持ちに気付いても、現状維持とかそーいう消極的な選択肢を取りそうな気がします。誰かが背中を押してあげたりしない限り、動けないんじゃないですかね」
「射命丸が臆病? 結構積極的で怖いもの知らずなイメージが、私にはあるが」
「慧音さんは何も分かってませんねぇ……」

 はぁ、とため息を吐く阿求に対して、慧音はただ首を傾げるだけだった。





◇◇◇





「来てしまった……」

 阿求の言葉が頭に残り、結局自分の気持ちを確かめに博麗神社へとやって来た。
文は別に阿求の言ったことを信用したわけではないが、少しでもこの状況がハッキリする可能性があるのなら、試してみようと考えた。もしこれで結局分からないなら、新しい解決法や答えを探す。ハッキリするなら、目的を果たせて万々歳。別に不利益なことなど、無かったからこそ、この行動を選んだ。

「ここに居ないとなると、縁側辺りでお茶でも飲んでるのかしらね」

 天気が良いこんな日は、きっと陽の光を浴びつつお茶でも啜っているのだろう。それなりに付き合いのある文は、そう予想した。
 そしてその予想は、見事的中。縁側の方へと行くと、そこには目を細めてほぅっと息を吐きつつ、和んでいる霊夢が居た。まだ若いのに、この場面だけ見るとまるで老体のようだ。
 そんな霊夢の姿を見た瞬間、文は自然と頬が緩んでいた。けれども、そんなことには気付かず、そのまま霊夢への横に腰掛け、声を掛ける。

「どうも、こんにちは。良い天気ですね」
「素敵なお賽銭箱はあっちよ」
「生憎、今は手持ちが無くてですね。いやー残念」
「帰れ」
「まぁまぁ、代わりに取材をしてあげますから。新聞の一面を、全部霊夢さんで埋めてあげましょう。どうです? 光栄でしょう?」
「それで参拝客が増えるなら、大歓迎だけどね」
「そいつは無理ですね! だって霊夢さんですもん」
「よーし、表に出ろ」
「え? 既にここ、もう外ですよ? 霊夢さん、頭大丈夫ですか?」
「あはは」
「目が痛い!?」

 霊夢は笑顔を浮かべつつチョキを作り、そのまま文の瞳をぷすっと潰した。呻き声を上げつつ、両目を押さえる文。それを見て、霊夢はより一層笑顔になった。
 普通、人間なら色々アウトだが、文は妖怪だ。数秒もしたら、ふぅとため息を吐きつつ、復活をした。

「人の目を潰しておいて笑顔とは、どんだけサディズムなんですか」
「そういうあんたは、目を潰されたっていうのになんでニヤニヤしてるのよ」
「え? あ、あれ?」

 文は両手をパッと顔にあてて、むにむにと触る。指摘されて、初めて気付いた。霊夢の言う通り、文は口調こそは怒っているが、顔はにやけていた。文自身そのことに気付いてなかった為、不覚にも動揺してしまう。
 文が人前で動揺をする姿を見せることは、珍しいことだった。自分の不利にならないよう、賢く立ち回るのが常な為、有利な立場になることこそ多いが、不利な立場になるようなことは滅多にしない。
 それは文を知る人物なら、大体の者が分かっていることだ。そしてもちろん、霊夢だって分かっている。
だからこそ、文のその珍しい姿に、霊夢は違和感を覚えた。

「どうしたの、文? なんからしくないけど……」
「いや、その、なんでもないですよ?」
「……別にあんたがそう言うなら、私は追及しないけど」
「あ、あはは……」

 文は誤魔化す為に、貼り付けただけの笑顔を浮かべてみる。が、勘の鋭い霊夢に通用するわけもない。そもそも文自身、今ちゃんと笑顔を浮かべていられているのか、分かっていなかった。
 文の頭の中には、今まで相談した者たちの言葉が浮かんでいた。全員に言われた、恋ということ。その単語が一度頭に思い浮かぶと、中々離れなかった。
 恋をしているだなんてそんなことはない、と心の中で言い聞かせるが、実際にやけてしまっていた事実が、説得力を持たせてくれない。

「た、楽しいからですね、きっと」
「え? 目を潰されて楽しいって……マゾ?」
「違います! 断じて違います!」

 ぶんぶんと頭を横に振って、全力で否定する。
 霊夢は眼を丸く見開いて、驚いた様子だ。

「いや、冗談だけど……そんな必死になって否定しなくても。いつものあんたなら、余裕持って皮肉の一つでも返してくるじゃない。どうしたのよ、本当」
「す……少し、不調なのかもしれないですね」
「妖怪でも体調を崩すのね」
「そりゃあ私は繊細ですから、あなたと違って」
「その返し方、三十点ね。いつもと違って、やや声のトーンが高い。眼が揺らいでる。表情が引き攣ってる。明らかに、無理して言ったのが丸分かりよ。なんていうか、不自然そのものね」
「……どんだけよく見てるんですか」

 その言葉に、少しくすぐったい気持ちになる。自分で言ったことなのに、よく見られているということ思うと、なんだか急に心がそわそわとし始めた。文はそれを誤魔化すために、苦笑いを浮かべておいた。
 霊夢はじーっと文を見つめ、そしてお札を取り出した。

「あんたもしかして、何かよからぬことでも企んでるの? 面倒事を起こす前に、ここで潰しておこうかしら」
「いやいやっ、何かを企んでいるだなんて、そんなことは断じてないですっ!」
「……何かを隠してるって感じはするけど、まぁ確かに悪い感じのものじゃない気がするわね」
「ちなみにそれらは、何を根拠に?」
「え? ただの勘よ?」
「霊夢さん超怖い」

 もはや勘という域を超えているだろう、と文は改めて思った。少しでも気を抜いたり隙を見せたのなら、心の奥底まで覗かれてしまうような、そんな感じがした。
 それに対し文はちょっとした恐怖と、霊夢ならばこの感情に、自分のこの状況に、一体どういう答えを導き出すのだろうかと、少しだけ思った。
 文から見て霊夢は、あまり悩み事をしないタイプに見える。どこぞの閻魔では無いが、白黒ハッキリつけるようなタイプだ。だからこそ、もし霊夢が今の自分と同じ状況になった場合、霊夢はどんな答えを出すのかと気になった。
 今のことを相談してみるという手もあるが、それはしたくない。何故なら、もし本当にこれが恋だったとしたら、相談をその恋をしている相手にするなんてことした時点で、色々と終わりだからだ。
勿論、文はまだこれが恋だと認めたわけではないけども。

「ところでさ」
「はい?」
「あんた結局、何しに来たの? いつもみたいに取材取材~とか言ってないし、取材がメインでは無いんでしょ」
「んー……特に理由も無く、ただ遊びに来たというのではダメですか?」
「は?」

 文がぎこちない笑みを浮かべながらそう言うと、霊夢は目を丸くして固まった。その反応に、文も「えっ」っと少し固まってしまう。
 しばらくして、こほんと霊夢が咳を一つ。すると時間が動いたかのように、言葉を発し出す。

「あーいや、別に何も悪くは無いわよ。魔理沙とか紫とかだって、無駄によく来るしね。ただ、あんたがそういうこと言うのって、珍しいと思ったからさ。取材口調だから、てっきり取材じゃないにしろ、何か私に用があるのかと思ったし」
「う……今日の私、おかしいですかね?」
「え、あー……うん、正直ちょっとね」
「……すみません」
「いや、別に謝らなくて良いから。というか、あんたがそんなしょぼくれて謝ること自体、また珍しいのよねぇ。本当にどうしたのよ? 体調でも悪いの?」
「っ!?」

 霊夢が文の額に手のひらをあてると、文はびくっと体を震わせ後、すぐにのけ反った。その反応に、霊夢は口を開けてぽかんとする。文は文で、無意識とはいえオーバーすぎるリアクションをしてしまったことを数秒遅れで自覚し、恥ずかしさやら気まずさやらで、引き攣った笑みを浮かべる。さっきよりも少し顔が赤く見えるのは、きっと気のせいじゃないだろう。
 なんとも言えない空気が、二人を包み込んだ。

「あ、あー……えっと、ごめん。もしかして私、何か嫌なことしちゃったかしら?」
「いえ! その、ただ突然でびっくりしただけで……」
「そう、それなら良いんだけど……。あんた、本当に調子悪いようなら、帰って寝た方が良いわよ?」

 霊夢の言葉に、文は黙る。ただ確認をするだけに来たのに、失態を晒してばかり。素直に帰った方が良いんじゃないか、と考える。
 だが、まだしっかりと確認が出来ていない。阿求や慧音が言った通り、意識してみる。眼を閉じ、霊夢のことを考える。自分はこの人が好きなのかどうか、本当にこれが恋なのか。そして息をすぅっと吸った後、眼を開いた。
 視界に入るのは、勿論霊夢。少しだけ心配そうに、文を見つめている。眼が合ったその瞬間、文はかぁっと胸の奥が熱くなるのを感じた。とくんとくんと鼓動は騒がしく、とても落ち着いてなんていられない。
 文は自身のこの感情を、なんて言い表していいのか分からなかった。不快では無い。恥ずかしさともまた違う。胸の奥は熱いが、別に息苦しいわけでもない。
 無言のまま動きもしない文に、霊夢は首を傾げる。

「ちょっと、聞いてるの?」
「え、や、はいっ?」
「はいっ、じゃなくて……体調が優れないなら、さっさと帰った方が良いんじゃないって言ったのよ。それとも何? 帰るほどの体力も無いのなら、いっそ泊まってく?」
「泊まっ――!? い、いえ! 今日は素直に帰ろうと思います! お邪魔してすみません! ではでは!」
「べ、別にそんな大声で言わなくても聞こえてるわよ。全く……」

 文は立ち上がり、明らかな作り笑いを貼り付けて、その場を逃げるように去った。徒歩で。飛ぶ、という選択肢が頭から消えるくらいに、余裕が無かったのだろう。
 そんな文の様子は、霊夢から見ればおかしい以外の何物でもなかった。だが、別に追及する気もない。文の態度からして、何も訊くなということは分かっていたし、何よりも自分から厄介そうなことに首を突っ込むほど、霊夢は物好きではないから。
 文が居なくなり、また静かな空間へと戻った縁側で一人、霊夢はふと空を見上げた。少しだけ、日が沈みつつあった。


―3―






「ぁっ……はぁっ……ッ!」

 自宅に着くなり、文は即倒れ込んだ。ひんやりとした床が、今の熱い体には心地良かった。乱れる息と心を、少しでも落ち着かせるため、そのまま動かない。
結局、博麗神社から家まで空を飛ばずに走って来た。それでも空が真っ暗になる前に帰宅した辺り、幻想郷最速は伊達じゃない。その分、体力はかなり消耗したわけだが。

「……落ち着かない」

 呼吸を整えることはそこまで難しくは無かったが、心の乱れは治まらない。
うつ伏せの状態から、ごろんと転がり仰向けになる。右手を顔に、左手を胸にあてて、そっと目を瞑った。顔は分かり易いほど熱を持っている、胸はとくんとくんとやけに騒がしい。すぅっと大きく息を吸い、そして吐く。何度か深呼吸を繰り返すと、徐々に気持ちが落ち着いてきた。

「どうしよ……」

 自分しか居ない静かな空間で、ぽつりと零す。
 両手で顔を隠し、はぁっとため息を一つ。

「……好きだ、これ」

 いざ好きだと自ら言葉にしてみると、今まで否定していたのがおかしいくらいに、しっくりきた。この「好き」がどういう感情での「好き」であるか、自覚した。
 悩みの理由が判明し、最初抱いていた気持ち悪さは解消出来た。しかし、悩みが消えたわけではない。むしろこの感情をどうすればいいのか分からず、よりもやもやとした気持ちになった。

「はぁ……」

 好きだということは自覚した。ならどうするか。何をすべきか。文の頭に様々な選択肢が浮かぶが、すぐ思考を止めた。疲れ切った今の状態では、ろくな考えなど思い浮かばないと思ったからだ。
 とりあえずは時間を置こう。もやもやとした気持ちは消えないだろうが、それでも今よりはずっと落ち着ける筈。

「厄介ね……」

 また一つ、ため息を零した。





 ◇◇◇





「で?」
「……でって、何がよ?」
「いや、だからその後よ。結局、何か行動したわけ? 告白しちゃったーとか」
「別に。このこと誰かに話したのも、今日が初めてだし。そもそも好きだからって、絶対告白しなきゃならないなんてルールないし」
「……どう思う、椛?」
「……どう思う、河城?」
「うん、ヘタレの極みだね!」
「よし、あんたら三人そこに並びなさい。手加減なしで殴ってあげるわ」

 文が自分の気持ちに自覚を持ってから、二週間ほどの時間が経っていた。その間、文はそのことを誰にも話さず、特別変わった行動を起こすわけでもなく過ごしてきた。唯一変わったことは、自覚して以来一度も博麗神社へ足を運んでいないこと。
 いつまでもこのままでは、よろしくない。そう思った文は、はたてや椛やにとりに相談をした。
 そして返って来た言葉は、ヘタレ。
 笑顔なのに右手はグーになっている文を、椛たちがどうどうと宥める。

「前も言いましたけど、そもそも文さんは相談する相手を間違えてますって」
「珍しく文が家に呼ぶから何かと思ったら、まさかそんなこと言われるとは思って無かったよ」
「あぁ、にとりは初めてだっけ、文が博麗の巫女に恋しているって聞いたの。前回はいなかったもんね」
「うん。いやーなんか面白いことになってたんだねぇ」
「こっちは真剣なんだけど」

 けらけらと笑うにとりたちに、文は本気で殴ってやろうかなどと考える。だが、こうなることはある程度予想出来ていた部分もあるので、それを行動に移すことは無い。
からかわれることが分かっていても、それでも相談しに来たのは、誰かに話したい聞いて欲しいという衝動があったからだろう。とにかく誰かに話せば、一人で抱え込むよりも少しは楽になると文は思った。そこでにとりやはたてや椛をチョイスしたのは、からかいはするものの誰かに言いふらしたりはしないという信頼があったからだ。なんだかんだで、それなりの信頼関係を築いていると思っている。
 結果、予想通りからかわれてしまっているわけだが。

「けど、うん、やっぱり私たちにそれを話しても、あんまり意味は無いと思うよ」

 にとりが少し、真面目なトーンで言った。

「話を聞いて気持ちを少しくらい楽にすることはできるけど、解決するわけじゃあないしね。そもそも文は、私たちに何か答えを求めているわけではないだろう?」
「そりゃあ、まぁ……どうせからかわれるって思ってたけど」
「違う違う、そーいうことじゃなくてさ。例えば私たちが文の話を聞いて、告白した方が良いよって言えば告白するのかい? もしくは逆に、絶対告白なんてしない方が良いって言えば告白しないのかい? 違うだろう? 結局は、文がどうしたいかが大切なんだから」
「そうそう、そもそも文は私たちがアドバイスしたところで、素直に受け入れるようなタイプでもないしね」
「文さんが何を望むのか、それが一番大切なことです。私たちにできることなんて……そうですね、こうやって話を聞いてちゃかすことくらいです」
「……ん」

 にとり、はたて、椛にそう言われて、軽く頷く文。そしてやっぱり、話してみて良かったと思った。ちゃかしつつも真面目に答えてくれる友人に、文は心の中で感謝の言葉を述べた。
 そして目を瞑って、考えてみる。自分が何を望んでいるのか。
 恋愛感情があるのだから、恋人同士になりたいとかそういう欲もあるだろう。だが、文の心の中に思い描くのは、もっと単純でなんてことないことだ。霊夢が笑っている、呆れている、怒っている、そんないろんな表情や感情を誰よりも近くで感じていたい。自分だけのものにしたい、なんて傲慢なことは思わない。とにかくただ、一番近くで、霊夢という存在を感じたい。
 ただ、それだけだった。

「……そっか、私、霊夢の傍に居たいんだ」

 無意識にぽつりと、そんな言葉が零れた。
 しばらく沈黙。妙な空気が流れる。
 そして突然、はたてが噴き出した。椛はなんとも言えないような表情で、文を見つめていた。

「ピュアい! ピュア過ぎるっ! く、っは、あははははっ!」
「な!? 何笑ってるのよ! あと椛も! 何気持ち悪いもの見るような目で見てるのよ!」
「いえ、なんというか、つい……。あまりにもいつもの姿からは想像出来ないくらい、可愛らしいことを仰ったので」
「にははは、まぁそれが文の本心なんだろうさ。良かったじゃないか、自分の気持ちがハッキリして」
「そうだけど、そうだけどさぁ……あーもうっ! 笑うなぁ!」

 未だに笑い続けるはたてに、割と本気で蹴りをかます。文の鍛え抜かれた足からの一撃は、見事はたての脛に直撃した。はたては声にならない声を上げて、その場に蹲る。
 そんな二人の様子に、椛は呆れたようにため息を吐いた。

「でも、これからどうしよう……」
「まぁそれに関しては、無責任でありふれた安っぽい言葉しかかけられませんね。頑張ってください、としか」
「あとはどんな選択をしても、後悔しないようにねとか。実際にはそれって、難しいことだけどね。何が正解かなんて、あるわけが無いし。どの選択肢を選んでも後悔が零なんてこと自体、もしかしたらありえないかもしれない」
「ふん、後悔したら、そんときはまた私たちに話せば良いのよ。そんな文の話を一通り聞いた後、指差してざまぁみろって笑ってやるから。同情なんて一切しないで、腹抱えて笑ってやるわ。だから、安心しなさい」
「……ありがと」

 文が素直に礼を言うと、はたてたちは笑顔で返す。素直な文に対し、素直な今の気持ちで。

「ホント、今日の文は素直すぎて気持ち悪いわ」
「あ、私は前から気持ち悪いって思っていました」
「あっははは! 文、言われたい放題だねぇ!」
「~っ! もう我慢できない! あんたら、そこを動くんじゃないわよっ!」

 暴れる文から、けたけた笑いながら逃げる三人。
 あぁもうまったく本当に、こいつらに相談して良かった。文はそう思いながら、逃げる三人の背中に向かって全力の回し蹴りをお見舞いした。


―4―


◆◆◆





 あいつが来なくなってから、二週間くらい経った。いつもは鬱陶しいくらい頻繁に訪れていたくせに、唐突にだ。最後に見たあいつの姿は、あいつらしくない不自然な態度。あのときは面倒事の予感がしたから追及することはなかったけど、今思うと追及しておくべきだったかと少し後悔している。
 あの馬鹿鴉のことだ、何か企んでいるに違いない。悪い予感はしなかったが、たまには勘も外れるというものだ。最初は、そう思っていた。
 しかし、魔理沙にそのことを話したら、「文だって妖怪だ。元々妖怪なんて神出鬼没だったり自由気ままな奴が多いんだから、二週間現れないことくらいなんでもないだろ」と言われた。言われてみると確かに、紫とか萃香とかまさにそういうタイプだ。それを考えると、自然なことなのだろうと思った。
 それなのに、私は納得できないでいる。理由はよくわからないけど、何故か納得できない。
 特別あいつと親しいかと問われると、別にと即答できる自信はある。それこそ、親しさや付き合いの長さからしたら、魔理沙やアリスの方があるだろう。
 じゃあなんで特別親しいわけでもない文のことを、ここまで気にかけなければならないのか。その理由が、私自身よくわかっていない。

「すっきりしないわねぇ……」

 畳に寝転がり、見慣れた天井に向かってそうぼやく。

「どうした? お前がそんな小難しい顔しているのなんて、異変以外じゃまず見ないぜ?」
「……なんでいるのよ、あんたは」
「まぁ気にするな。茶菓子は安物で構わんから」
「誰が出すか!」

 聴き慣れた声に、上半身だけ起こす。そこには予想通り、けたけたと幼い笑みを浮かべた魔理沙が座っていた。
 今更勝手に上がり込んでいることについて、グチグチ言うのも面倒だ。昔からこいつは、そういうやつだから。
 特に意味もなく転がり込んできたり、かと思えばしばらく魔法の研究で引き籠って全く来なかったり。猫のようなやつだ。

「んで、実際どうしたんだ? 霊夢が真面目な表情しているとか、それだけで面白いっていうのに。お前がそういう顔になるってことは、きっとそこには面白そうな理由がありそうだ」
「まったくこれっぽっちも私の心配なんて要素がないあたり、さすがは魔理沙ってところよね」
「私が心配するだけ無駄だろ、霊夢の場合。ほら、早く言えよ。私も暇じゃあないんだ」
「謎の上から目線に、数発殴ってやりたくなったわ」
「話が進まん。いいから早く言えって」

 まるで私が悪いみたいな視線。本気で殴りたくもなるが、どうせ殴ったところで反省の一つもしないだろう。そういうやつだ、こいつは。
 せめてもの非難に、わざとらしく大きなため息を吐いてやる。若干小馬鹿にした仕草も加えながら。
すると分かり易いくらいに、ムッとした表情になった。

「おい霊――」
「そうね、話してやるわ。別に大したことじゃあないもの、きっと」

 私に不満を言おうとした魔理沙を、わざと妨害してやった。魔理沙は不機嫌さに磨きが増しているような様子だったが、気にするもんか。知ったこっちゃない。あんたが聞きたいって言ったことを話してやるんだから、黙って聞け。
 そんな態度で話してやることにした。
 魔理沙自身、話には興味があったのだろう。素直に口を閉じて、けれども顔はぶすっとしたまま、私の話を聞くことに専念していた。
 とりあえず、一から全て話す。
 以前魔理沙に一度話した部分もあって、話自体はスムーズに進んだ。最初魔理沙は「あぁ、あの話か」とやや興味を失った様子だった。だけど、私の話が進むにつれて、驚きやら変ににやけた表情になったりやらと、何故か落ち着きがなくなっていった。
 そして全てを話し終えたとき、魔理沙は今まで見たこともないような、なんとも微妙な顔をしていた。

「と、いうわけなのよ。私の勘では悪いこと企んでいるってわけではないと思うんだけど、それでも何故か気になるの。なんかしっくりこないのよね、あいつがしばらく姿見せないってだけで。魔理沙が前に言った通り、妖怪からすればこれくらいの期間は普通なのかもしれないけど」
「……あぁ、うん」
「それでもやっぱり、納得できないのよ。以前まで毎日のように付き纏ってきていたあいつが、突然姿を見せなくなったなんて。異変とはちょっと違うけど、気持ち悪さがあるというかなんというか……」
「あーあー、うん」
「というか魔理沙、なんて顔してるのよ。なんなのよ、その反応」
「驚きと面白さを同じくらい感じてな、どう反応していいか迷っている。あの霊夢がマジかって気持ちと、なんだこれすっげえ面白い状況だって気持ちが入り混じっているんだよなぁ……」
「どちらにしろ、腹立つわね。あんたにはこの話だけで、私がすっきりしていない原因が分かったって言うわけ?」

 なんだか馬鹿にされている気分だ。ただでさえすっきりしていない精神で、この態度はより苛立ちが募る。
 何より私には分からなかったことが、魔理沙には簡単に分かってしまっているということも癪だ。

「答えとしては、シンプルなものだからな。だが実際は、物凄く複雑でもあったりするんだ」
「回りくどいわね、ハッキリ言いなさいよ。私、そういうの嫌いだって知ってるでしょうが」
「いんや、言うのは簡単なんだが私が言うべきことかどうか。あと言ったとしても、お前絶対否定するし最悪私に殴りかかってきそうだ」
「言わないと殴る」
「さすが理不尽の塊だな。ん、まぁいいか。言っても言わなくても面白いことになりそうだし、せっかくだから言うとしよう」

 魔理沙は感謝しろよ、と得意げな顔で言う。もう苛立つことも疲れたから、その態度にはスルーする。私としては、早くこのもやもやをすっきりさせたいだけなのだから。
 もちろん、くだらない答えだったり納得のできない答えだったら、それ相応の裁きを受けてもらうけど。理不尽? 上等、ここでは私がルールだ。

「お前、恋をしているんだよ」

 数秒の間を置いた後、私の方へわざとらしくウインクしながら、魔理沙は口を開いた。
 恋? 私が? 最初に浮かんだ感想は、馬鹿馬鹿しいということ。けど、次に浮かんだことはそれを否定できるほど、私は恋というものがなんなのか知らないということだった。
 反応のない私に殴られると思ったのか、魔理沙が少しだけ立ち上がろうとした気配を感じた。

「続けなさい」
「へ?」
「理由よ。あんたを殴るのはそれからでも遅くないわ」
「もう殴るの前提かよ!?」

 だから引き留めた。
 せめて理由を聞かないと、否定も肯定もできない。
 魔理沙はどこか視線を宙にやり、慎重に言葉を選ぶように一つ一つ紡いでくる。私に殴られているのを恐れているからというわけではなく、説明をするのが難しいような、そんな様子だ。

「恋ってのは、理屈じゃないからなぁ。いや、理屈のような恋もあるんだろうが、少なくとも私は恋に説明を求めるのは野暮だと思う」
「何よ、それ。根拠なしじゃない」
「お前は空腹に理由を求めたりするか? それと似たようなもんだ」
「分かるようで、分かりにくいわ。せめてもっと、恋そのものについての解説とかないわけ?」
「うーん、あえて言うなら、今の霊夢の状態が典型的な恋の症状だ。相手のことが気になる、相手のことを思うともやもやする、相手のことを考える時間が増えている。風邪を引いたら、頭が痛くなったり寒くなったり体が重くなったりするだろう? つまりそれくらい定番の症状ってわけだ」
「……じゃあ仮にこれが恋だとするならば、私はどういう行動をとるのが正解なわけ?」
「そんなもの、私に分かるわけがないだろう。恋なんて人それぞれ違うもんだし、告白して付き合うやつもいれば、思いを伝えずに終わる恋もある。伝えたところで、振られる可能性もあるわけだしな」

 なんだ、このもやもやが恋だとしても、もやもやした気持ちが晴れるわけでもなさそうだ。今度は魔理沙の言う、思いを伝える伝えないなどと悩んだりしなきゃいけないのか。
 けどもし、これが本当に恋だとしても、私は文と付き合いたいのだろうか。そもそも、付き合ったりしたところで何をすればいいのかよく分からない。当たり前だ、恋すらよく分かってないのに、それより先のことなんて分かるわけがない。
 魔理沙はそういう経験が、あるのだろうか。やけに説得力がある。

「ねえ魔理沙、参考までに聞きたいんだけど、あんたは恋とかしたことあるの?」
「さぁね、私だって未だに、これこそが恋だ! みたいなものを、体験したことがあるわけでもないからな」
「何よそれ、なのになんでそんなに恋を語れるのよ」
「そりゃあ恋の魔法使いだからな!」

 得意げに、控えめな胸を張って魔理沙はそう言った。その言葉に根拠も何もないはずなのに、何故かやけに納得させられてしまう。
 あぁ、うん、こいつはこういうやつだ。深くは訊かないでおこう。

「しっかし面倒臭いわね……せっかくすっきりするかと思ったのに、また悩まなきゃいけないだなんて」
「あれだ、気持ちを言葉にするだけでもすっきりするぜ、多分。好きだーみたいな。本人に言ったら、いっそさっぱりするかもな」
「告白するってこと?」
「あぁ、告白したら付き合うにしろ振られるにしろ、結果が出るからな。抱え込んでもやもやしている今よりは、気持ちいいんじゃないか」

 なるほど、そうか。
 悩んでないで、とりあえず告白してみればいいのか。いや実際これが恋なのか分からないけど、文本人にこの思いをありのまま伝えた方がすっきりしそうだ。あんたに恋をしているのかどうか分からないけど、あんたのせいでもやもやしているんだってことを、ぶつけてしまえばいいわけだ!
 よし、そうと決まれば善は急げね。

「あはは、まぁ実際は振られたらどうしよう怖いってなって中々行動に移せないものなんだけど――」
「ありがと、魔理沙。私ちょっと、文にぶつけてくるわ、この今の気持ち」
「へ? お、おい、マジか?」
「あんたのアドバイス、ちょっとは参考になったわ。殴らないでおいてあげる。じゃあね、ちょっと行ってくる」
「え、ちょ、おい! 霊夢!? かー……いやもうなんか本当、さすがだなあいつ」

 すぐに立ち上がって、部屋から出る。そしてふわりと体を浮かせてから、向かうはもちろん妖怪の山。
 後ろから魔理沙の呆れたような声が聞こえた気がしたが、今の私には些細なことだった。



―5―



◇◇◇





 今の文は、複雑な気持ちである。
 数分前、突然「射命丸、出動せよ」との命令が下った。山に侵入者が現れたのだ。その侵入者の正体は、既にハッキリしている。博麗霊夢だ。だからこそ、本来は戦闘を行う部署所属ではない文が出張る羽目になった。
 久し振りに霊夢に会える喜びと、再会がこんな形である残念さで、なんとも言えない気持ちである。
 文はため息交じりに、けれども最速で向かう。向かう方向は、分かり易かった。普段は静かな山が、一部で激しい爆発音や光を放っていたから。
 そして数分もせずに、現場へと到着する。
 そこは既に、多くの哨戒天狗や鴉天狗が地に伏せていたり、周囲の木々が薙ぎ払われていたりと、中々に酷いものだった。その中心には、無傷に近い霊夢が突っ立っている。所々、服が汚れてはいるものの、傷と言えるようなものは何一つついていない。山の戦闘部隊が弱いわけでは、決してない。むしろ、霊夢が異常なのだ。
霊夢をよく知る文にとっては想定出来ていたことだが、想定通り過ぎて引き攣った笑みが零れる。

「文、久し振りね。元気?」
「この状況で平然とそんなこと言えるのは、まさに巫女って感じねぇ……」

 まるで里で偶然会ったような、日常の一コマのような挨拶。
 ただし状況は、そんなほのぼのとしたものではない。ぴりぴりとした肌を刺すような緊張感が、漂っている。
 さてどうしたものか、と文は考える。別に侵入者を倒せ、などとは言われていない。つまりは攻撃する必要もなく、話し合いで済むならそれがベストなわけだ。しかし、そもそも霊夢が何を目的でここにやって来たのかが分からない以上、迂闊に行動を起こすのも躊躇ってしまう。

「……ねぇ巫女、何をしに来たわけ?」

 数秒悩んだ文が出した結論は、ストレートに理由を訊くというものだった。勘の鋭い巫女に、下手な誤魔化しや遠回しな質問は無駄だろうと判断してのことだ。
 すると霊夢は、甘味処でデザートを選ぶかのように、なんてことないようなあっさりと言う。


「あんたに好きって伝えに来たのよ」


 それは衝撃的発言。少なくとも、今の文にとっては思考がフリーズするレベルだった。思わず耳を疑ったくらいだ。霊夢はこういう嘘や冗談を吐けるタイプじゃないことは、よく分かっている。だからこそ、自らの願望が生み出した幻聴か何かを疑うのは当然のことだった。
 文が固まっていると、霊夢は不機嫌そうに顔をしかめる。

「人がせっかく好きって言ったのに、アホ面して無視かましてるんじゃないわよ!」
「がふぇっ!?」

 霊夢の投げたお祓い棒が、綺麗に文の顎へクリーンヒットした。さっきの精神的衝撃とは違う、物理的な衝撃に、フリーズしていた文が動き出す。
 顎をさすりつつ、ちらりと霊夢を見る。じぃっと睨んでいる霊夢と視線が合い、慌てて目を逸らした。

「何よ、目合わせなさいよ」
「こ、この状況でまともに見れるわけないでしょう!」
「ふーん……ま、いいわ。それじゃ、邪魔したわね」
「……へ?」

 くるりと踵を翻し、ひらひら手を振りながらその場を去ろうとする。そんな霊夢に、文は再度フリーズした。だが、今度はすぐさま元に戻る。そしてその背へと、声を投げ掛ける。
 ちょっと待て、と。

「い、いやいや! え、そ、それだけ!?」
「それだけって、何が?」
「す、す、好きって言ったなら、それに対しての返事とか……」
「んーそういうものなの? 好きとか伝えるの、初めてだからよくわからないわ」
「……私があなたをどう思っているかとか、興味ないわけ?」
「私はあんたのせいで、もやもやしていたのよ。あんたが来なくなって、あんたのことばっか考えることになって……だからこの思いをあんたにぶつければ、少しはすっきりするかと思った。だからそれを伝えに来ただけで、それ以外には何も考えてなかったわ」
「つ、付き合ったりとか、逆に好きじゃないからって言われるとか考えなかったの?」

 文はなんとか絞り出すように、言葉を発する。霊夢に告白された、その事実だけ見れば文にとっては良いことかもしれない。けれど、今の霊夢の態度からすると、自らの好きと霊夢の好きは違う。そう感じざるをえなかった。
霊夢は文の言葉に、うぅんと唸る。腕を組み、考え込んだ。

「……あーそういえば魔理沙が、そんなこと言っていた気がするわ。付き合うとか振られるとか。正直、特にそういうことは考えてなかったわ」
「っ!?」

 霊夢らしいと言えば霊夢らしい、そんな気もした。だが、その霊夢らしさが今の文にとっては、怒りやら悲しみやら戸惑いやら複雑な気持ちにさせるものがあった。

「でも確かに、あんたが私をどう思っているかっていうのは、言われてみると結構気になるかもしれないわ。ねぇ、あんたは私をどう思っているわけ?」
「……少しだけ、時間をちょうだい。近いうちに、今度は私の方からあなたへと伝えに行くわ」
「ん、分かったわ」

 霊夢は特に返答を急かすこともなく、それじゃあまたねと言った。何も特別なことはなかったかのように、立ち去る。
 霊夢がせっかく好きだと言ってくれたのに、自らの気持ちは決まっているはずなのに、何故その場で伝えなかったのか。遠ざかる霊夢の背中を見つめながら、文はぼぅっと考えていた。
 ただ分かることは、告白をされたというのに、ちっとも嬉しさはないということ。それだけは、ぼやけた頭でもしっかりと理解していた。


―6―


◇◇◇



 面倒なことに首を突っ込んでしまったと、早苗は煎餅片手にそう思った。何が厄介かと言うと、巻き込まれたわけではなく、自らちょっかいを出した結果現在の状況に至っているわけで。
 早苗の目の前には、ちゃぶ台を挟んだ先に、俯いたままの文の姿。
 事の始まりは、早苗がたまたま文を見つけたことがきっかけだった。珍しく低速で飛び、雰囲気もどこか暗い文。そんな文を見かけたら、何か面白いことがあったんじゃないかと首を突っ込まざるをえなかった。半ば強引に自らの部屋まで引っ張ってきて、肝心の話をわくわく気分で聴いてみたら、なんてことはない話。

 好きな人に、告白された。

 文の感情とか、霊夢の態度とか、実際はそこにはいろんなものが混濁しているのだろうけど、簡単に纏めるとそんなものだった。

「おめでとーございますとしか、言えないですねー」
「今の話を聞いてそう思えるのなら、常識に捉われない方の巫女さんはさすがとしか言えないわ」
「うーん、とりあえず文さんが私を軽く馬鹿にしているのは、よくわかりました」

 心底つまらなそうにする早苗を、力のない瞳で睨み付ける。そんな文の態度にも、早苗は酷く興味を失っていた。
 早苗自身、文のことは評価している。自由奔放で常に面白いものを追いかけている姿勢は、見ていて面白かったから。けれど今の文には、そんな魅力がまったくない。
 煎餅をぱきりと音立てて齧り、早苗はこの状況をどうするかと考える。放置してしまうという案もあったが、自ら首を突っ込んでしまった分、それはできない。そこまで非常識ではない。強引に引っ張ってきて半ば無理矢理に聞き出した時点で、常識に欠ける行動ではあるが。

「好きなら付き合っちゃえばいいじゃないですか、むしろ好きな相手に告白されてやったー嬉しいでハッピーエンドでしょう」
「そのはずなんだけど……」
「文さんは自分が物語のヒロインだとでも、思っているんじゃないですか?」
「喧嘩売ってる?」
「いやいや、本気で。今の文さん、自分の理想と違う恋愛というか、告白をされて、それを受け入れられていないだけって感じです。ちょっと甘くて良い雰囲気の中、顔を赤らめて手を握って、囁くように好きだとでも言われたかったんですか? 一体どんな告白だったら、満足したんですか?」
「っ! で、でもっ、あの霊夢の態度は……勘違いしている、ように感じた。私のことを本当に好きだとか、そういうのじゃないっていうか」

 早苗の言葉に、文はさらに弱々しくなる。

「あーもうなんなんですか! 私の知っている文さんは、そんな軟弱者でしたか!? 相手が私のことを好きじゃない? 私の知っている文さんなら、むしろ強引に惚れさせるくらいまでやる勢いを持っていきますよ!」
「そうだ、簡単なことじゃないか、射命丸文。惚れさせてしまえば良い! お前が本当に、霊夢の心を掴んでしまえば良いだけのことだ!」
「そうそう、とりあえず告白には付き合うって返事しちゃって、そっから本当に惚れさせちまえばいい。安心しろ、神がこうして助言してやっているんだ。これほど心強いものも、あるまいて」
「っ!? そう、ですね。らしくなかった、かもしれません。惚れさせる……か」

 神奈子、諏訪子、早苗の言葉が文の心に響く。
 さきほどまで落ち込み気味だった暗い心に、まるで早朝にカーテンを勢いよく開いたかのような明るさが、差し込んだ。そんな気がした。
 文が顔を上げると、そこには軽く欠伸をしている早苗。プラス、ぐっと親指を立てている神奈子と諏訪子。

「……いつから聞いていました、そこの二柱」
「私も神奈子も、うじうじしつつ霊夢に告白されたことを話したところから、かな?」
「なんとなく察しはしてましたけど、最初からじゃないですか!?」
「文さん、声を荒げないでください、うるさいです。ほら、元気になったんならさっさと帰ってください。いつまで居座るつもりですか」
「あなたが強引に連れてきたんでしょう!?」

 手でしっしっといったジェスチャーをする早苗に、文は勢いよく立ち上がる。文からすれば、この状況、どちらにしろ長居するつもりは一切ない。
 背を向けて、そのまま去ろうとする文の背中に、諏訪子が声を投げた。

「射命丸文」
「……なんですか?」
「精々頑張れ。話くらいならいつでも暇潰しに、酒を片手に聞いてやるよ?」
「ありがとうございます」

 改めて、去ろうとする文の背中に、今度は神奈子が声を投げる。

「おい、ブン屋」
「なんでしょうか?」
「結局なんやかんやあって振られる的な結果に、秘蔵の酒を賭けてもいい?」
「ろくでもないですね本当!? お好きなようになさって結構ですっ!」

 文は無駄に風を纏い、部屋の物を吹き飛ばす勢いでその場を去った。精一杯の、仕返しである。
 たった数秒もしない内に、惨状へと変わり果てた早苗の部屋。
 神奈子も諏訪子も声を出して笑い、早苗も呆れたようにではあるが笑みを零す。

「うむ、あれでこそブン屋だな。見ていて清々しさがある」
「いいね、面白いよねー」
「まぁいつもの文さんに近い空気を纏っていたので、少しは面白いですけど。ただそれ以上に私の部屋が、面白くないことになったので、とりあえず元凶の神奈子様は掃除をお願いします」
「んなっ!? わ、私!?」
「あっはっは、がんばれ神奈子~」


―7―


◇◇◇



「よし……!」

 文は覚悟を決める。神奈子や諏訪子、早苗の言葉で決心がついたから。
 霊夢から告白とは思えないような告白をされてから、既に数週間が経過していた。その時間を使って、文はしっかりと考えた。そして練った。霊夢に向かって、並べるべき言葉を。言いたいことを。
 そう、決して数週間の間、うじうじしていたわけではない。

「それで? そんな強い意志を持ったブン屋さんが、なんでこんなところで私の前に居るんだい?」
「え? いや、その……は、話を! 念のため、相談をしたりして、より深く考えようって思ってですね」
「なるほど、いざ伝えようと思ったら結局ヘタレてしまって、ただ時間だけが過ぎ去った口か」
「ぐ……」

 目の前のレミリアが、呆れたようにため息を零した。それはもう、わざとらしく。大袈裟に。
 図星の文は、何も言い返せない。ただ実際、この前の諏訪子たちの言葉で迷いが晴れたのは事実だった。気持ちの整理もできたからこそ、この数週間で今まで相談をした人たちに改めて明確な相談をしてきた。しかしどれだけ助言を貰おうとも、最終的に決断し動くのは文自身であることは変わりない。
 文はどうしても、あと一歩が踏み込めなかった。神様の応援も、賢者の助言も、慣れ親しんた仲間たちの言葉でさえも、最後の一押しには至らなかった。

「まぁいい。私に何を訊きたい?」

 レミリアはストレートに、文へ言葉を投げる。ただし、自室のベッドで寝転がりながらだ。まるで今の文には、あまり興味がないと言わんばかりの態度である。
 普段の文からすれば、不快に思う態度だろう。けれども、今は訊く立場だ。わざわざ苛立ちを表に出したりは、しない。その程度のこと、文にとっては造作もないことなのだから。
 レミリアとは対照的に、文はベッドの傍で立ったまま、座らずに質問をする。

「なんで咲夜さんを、傍に置いているんですか」
「……は?」

 てっきりレミリアは、霊夢関連についての相談を投げかけられると思っていた。しかし実際に出てきた言葉は、一見まったく関係のないこと。
 顔をしかめて、文をじぃっと睨むレミリア。

「なんだ、文。お前、咲夜をバカにでもしてる? なんであんなのを置いてるのかって、そういう意味か?」
「ち、違いますよ!」
「だろうな、お前はそういうこと言ったりしないだろう。でもじゃあ、どういう意味? 私は霊夢についてとか、恋愛相談を受ける気ばりばりだったんだけど」
「その……なんて言いますか、咲夜さんは人間じゃないですか。我々妖怪とは、過ごす時間の長さが違います。そうとわかっていて、何故一緒に居ようとするんですか?」
「ん?」
「いずれ訪れるとわかっている別れがあって、レミリアさんならそれくらいわかっているでしょうに、それでも傍に置く理由を訊きたいんです」
「案外ばかなんだなぁ、文って」

 それはまっすぐな文の言葉を、悪魔なりに精一杯受け止めた結果の返答だった。くつくつと笑うその姿は、言葉の通り文を馬鹿にしているように見える。けれどそれと同時に、くだらないことで怯える子どもを微笑ましく見守る親のようなものでもあった。
 これが本当に、ただ笑い馬鹿にするだけのものなら、文は今すぐこの場を去っただろう。
 でも、レミリアが何かしらの答えを持っていることがわかったから、そのまま動かずに次の言葉を待った。
 文からすれば、理解ができない。最終的に別れが決まっていることがわかりきっている物語なんて、自ら辛い思いをするお話の主人公になんて、なりたくはない。

「お前の不安に思っていることは、なんとなく察したよ。そうだね、その上であえて言うのなら……というか、私よりも長生きしている文の方が、そういうのをたくさん見てきてそうなもんだけど」
「何をですか?」
「別れることが、イコール不幸じゃないってこと。私はね、咲夜を迎え入れたときから、いずれ訪れる別れなんて理解しているよ。理解した上で、一緒に居る。それは私以外にも、パチェだってフランだって美鈴だって小悪魔や妖精メイドたちだって、みんなそうだ」
「その理由を、訊きたいんです」
「そんなもん、たった一つだ。それでもみんな、咲夜と一緒に居たいって思ったからだ」
「……はい?」
「悩むまでもないんだよ、そんなこと。むしろただでさえ限られた時間を、そんなくだらないことで悩むことに割くことが勿体ない」

 わかるようで、わからない。わからないようで、わかる。そんな理由に、文の頭は混乱する。
 レミリアは上半身を起こし、胡坐をかいて文を見つめた。

「そりゃいつか、しかも結構早い段階で別れちゃうさ。うちのやつら絶対に、みんな泣くぞ? 私だって、きっと泣く。でもそれが、不幸だとは思わん。むしろ咲夜と一緒にいなかった場合の運命の方が、ずっと不幸だと思う」
「それは……」
「大体人間にしろ妖怪にしろ、命ある時点で遅かれ早かれ別れはくる。ただそれが短いっていうのが、わかってるだけで。それなら限られた時間を、全力で楽しまなきゃ損でしょう?」
「ッ!」

 たとえば私が今この場でお前の命を無理矢理奪ったら、寿命の長さ関係なしに終わりだぞ。なんて、レミリアは続けて言う。もちろん本気ではないし、たとえ話だ。
 だがその言葉は、文の心を揺らした。
 霊夢を失うのが、怖い。けどそれ以上に、霊夢と一緒に過ごせない方がずっと怖い。加えて言うのなら平均的な寿命の長さなんて関係なしに、極端ではあるが何かがきっかけで数秒後には消えてしまうかもしれない可能性だってあるわけだ。
 そのことを自覚した瞬間、文の中に自分は今、何をやっているんだという気持ちが生まれる。

「あーちなみに良いことを一つ、教えてあげるよ」
「え?」
「文は霊夢の告白を保留のまま、数週間経っている。正直、今日今すぐにでも行かないと、取り返しのつかない運命しかなくなる」
「~っ!? ありがとうございました、レミリアさん。私、用事を思い出したので!」
「うおぉっ!?」

 まばたきをした程度の時間で、すぐに文はレミリアの目の前から消えた。まるで最初からいなかったんじゃないかってくらいに、静かに。それでいて、物凄い速さで。
 自室に一人になったレミリアは、文が去るときに一瞬吹いた激しい風に驚いたものの、数秒してまた笑いだす。

「まぁ、ああでも言わんと、文は動きそうになかったし。それに悪魔に相談なんてする時点で、嘘の一つくらい吐かれる覚悟はないとね」

 今すぐ、なんていうのはまるっきりの嘘。それでも助言に、嘘はない。
 レミリアには現時点で、いくつもの未来が視えている。どう転ぶかは、文次第だ。

「さて、どうなるかな」





◆◆◆





「素敵なお賽銭箱はあちらよ」
「は、はは……久し振りの第一声がそれって、巫女らしい」

 それなりに暖かい日差しを受けて、いつも通り縁側でお茶を啜ってぼぅっとしていた霊夢の姿。
 告白なんてなかったんじゃないかってくらいの、いつも通りっぷりに文は少しイラッとした。こちとら悩みに悩んで、苦しんだっていうのに。そんな八つ当たり気味の気持ちを抑えつつ、霊夢の隣りに腰を降ろす。
 いろんな人からアドバイスを受けたり、相談に乗ってもらったり、その上で文が出した結論は一つだった。

「なんだかまた久し振りな感じがするわね、あんたを見るの」
「私が来たってことは、なんとなく理由はわかってるんじゃないの?」
「ん、まぁ一応は。それで、あんたは私のことをどう思ってるの?」

 あぁ付き合うとか付き合わないとか以前に、そういう話だったなぁ。とか文は思いつつ、霊夢を見る。
 霊夢の声のトーンや様子から、なんとなく察しはついていた。相変わらず、興味がそこまでないんじゃないかっていう空気だ。本当に霊夢は、言いたいことだけを言って満足してしまったのだろう。文からすると、それはやっぱり心地良いものではなかった。掻き乱されるだけ掻き乱された、それだけに終わってしまうから。
 だから、文の用意してきた返答は変わらない。

「霊夢、私があなたをどう思ってるか、言っても良い?」
「むしろ、それを言いに来たんでしょう?」
「えぇ。私はあなたのこと……めちゃくちゃ腹立つ人間だって思ってるわ!」
「い、痛っ!?」

 大声で叫ぶとともに、霊夢の額をぺちんと叩いた。
 至近距離での大声、突然の衝撃、そして文の返答に霊夢はフリーズする。霊夢からすれば、言いたいことだけ言って、もう後はどうでもいいかなって感じだった。しかし、腹立つ人間だなんて言われることは想像していなかった。

「いきなり好きだとか言って、返事はどうでもいいって態度とったり! 大体普段から、巫女は自分勝手すぎるのよ! こんな自分勝手で腹立つ人間、今まで出会ったことないわ! 逆に凄いわよ! なんなの!?」
「お、ぉぉふ……」

 うぎゃーと早口で攻め立てる文の勢いは、いつもの冷静に余裕をもってのらりくらりとした態度の、霊夢の知る文とはかけ離れていた。
 あまりにも凄い勢いで、霊夢は変な声を漏らすだけしかできない。

「あなたをどう思っているかって? ふざけるな! 霊夢からの告白なんて、お断りよ!」
「も、もういいわよ。……わかったから。悪かったわ、ごめんって」

 振られた、確実に。明確に。そう思うと、霊夢は不思議と胸の奥がぽっかりと空いたような気持ちになった。
 どうでもいいと思っていた? そんなはずは、なかったわけだ。好きだと思った相手に、はっきりと拒否されたのなら、それ相応のダメージを負うのは当然のこと。結局霊夢は、無自覚だっただけで。どうでもいいわけが、なかったのだ。
 もうわかったから、帰ってくれ。そう言う霊夢の両頬を、両手で挟む文。
 至近距離で、目と目が合う。

「だから私から、改めて言ってやるのよ。自分勝手な霊夢に、調子に乗るなよって意味を込めて。振り回されるだけの、私じゃないって」
「何を――」
「好きよ、霊夢。大好き。私の恋人になりなさい」
「~ッ!?」

 文は意地悪い笑みを浮かべつつ、けれど頬は真っ赤で。
 振られたと思っていた霊夢は、理解が追い付かない。振られたと思ったら、すぐに告白をされたのだから。混乱するのも、仕方なかった。

「あぁ、よかった。満足よ。霊夢、あなたのそんな姿が見れたんだから。気付いている? 霊夢、顔赤いわよ」
「……は、はぁっ!? それはあんたでしょ!」
「くっくっく、ははっ!」
「な、何顔真っ赤にしながら笑ってんのよ! ばか鴉!」
「ばかでいいわよ、別に。霊夢を好きになった時点で、多分結構なばかだもの、私。それで、霊夢の返答は?」
「は? え、返答って」
「恋人に、なってくれる?」

 冗談交じりの声で、少しだけ不安も混じった瞳で、文が言う。さっきは命令口調だったくせに、何をお願いするかのように言っているんだこいつは。なんて、霊夢は少しおかしく思えた。
 霊夢は未だ混乱している頭の中で、それでも確かに言えることがあって。それだけは、どれだけ混乱していようとも、唯一揺らぐことのないものだから。
 だから文の胸倉を掴んで、引き寄せて。額と額を、重ねて。

「文、私――」

 小さく言ったその言葉は、強い風の吹く音にかき消された。


―8―


「それで? 付き合い始めたは良いけど、まだキスどころか手も握れてない? どう思う椛、はたて?」
「ヘタレすぎて引く」
「ヘタレすぎて逆に気持ち悪いです」
「よっしゃお前ら三人とも、そこを動くな。今すぐ超高速の蹴りをお見舞いしてあげるわ」

 以前同様の、霊夢に関する相談事。とは言っても、付き合う前のことの前回とは違い、今の文は霊夢と付き合っているわけだが。
 それでも相談内容の無駄なピュアさは変わっておらず、またからかわれる結果となった。
 蹴りの準備をし始めた文に、私の家を壊そうとするなよと返すにとり。逆に椛とはたては「ヘッターレ、それヘッターレ!」とコールを始めて、むしろ煽りを加速させてくる。
 立ち上がる文を、にとりはなんとか宥めつつも「どうして毎回みんな私の家に集まるかなぁ」なんて考えつつため息を零した。

「何度同じこと言わせるんですか、文さんは相談する相手間違えてますってば。多分これ三回目くらいですよ、言うの。私やはたてさん、果てには河城がキスやら何やら語ってる姿、想像してみてくださいよ」
「……あっぶな! 気持ち悪すぎて失神しかけたわ!」
「そうでしょう?」
「待って椛、はたてだけじゃなくてなんで私まで巻き込んだ? しかも一番やばそうな感じで」

 ねぇなんで椛なんでだおいこら、とにとりが穏やかに椛の胸倉を掴んで揺らし始める。それを無視して、文は考え込む。霊夢と付き合い始めて、一ヵ月が経とうとしている。それなのに何もない現状は、中々にまずいのではないのかと。
 文自身、にとりたちに相談して何かが解決するなんて思ってなかった。それでも相談に来たのは、ただ単に茶化されるだけでも考えすぎな頭が少しはリラックスするだろうと思ったからだ。
 実際に多少は気が楽になったような、文はそんな気がした。それでもやっぱりいろいろ考えてしまうのは、もはや性分と言えるだろう。
 にとりもはたても椛だって、文のそういう部分はわかっている。変なところでこいつは頭が固いんだ。わかっているからこそ、今なお文がまた考え込んでしまっているのが手に取るようにわかった。

「……そうだ、文。あんたさっき言ってたけど、この後は霊夢とデートなんだっけ? それなら賭けるわ」
「は? いきなり何よ」

 はたてが口角を上げて、続ける。

「今日のデートも何も進展ない手も繋げない、に今度の呑み代賭ける」
「……あぁ、それなら私もはたてさんの賭けに参加します。もちろん、進展なしに」
「んー、そっか。んじゃ、私も進展なしの方でー」
「はぁっ!?」

 唐突な賭け、そしてにまにまと笑う三人。
 その意図を、友人たちの遠回しな背中押しを、文がわからないはずがない。でもだからといって、素直にお礼を言ったりもしない。
 立ち上がって、わざとらしく「そろそろ約束の時間だから」と言って。

「手を繋ぐどころか、キスだってしてきてやるわよ! 今度めちゃくちゃ高い酒ばっか呑んで、その賭け後悔させてあげるわ!」

 人差し指をびしっと、三人に向けて。そして文はその場を、超高速で去った。
 文が居なくなった室内で、にとりも椛もはたても同時に噴き出した。そして笑った後、不器用な友人がそれなりにそこそこ幸せになることを祈った。超幸せだとそれはそれでムカつくので、三人が三人ともそこそこの幸せを願った。それくらいが、ちょうどいい。



◇◇◇



「遅い」
「えぇ……それを幻想郷最速に言う?」
「自称じゃない。それに待ち合わせ時間ちょうどって、ギリギリすぎるでしょ」
「でも間に合ったじゃない」

 もはや文にとっては行き慣れた博麗神社、その境内に霊夢は突っ立っていた。
 文にしろ霊夢にしろ、口を開けばお互いに終わりのないような言葉の斬り合い。このやりとりに別に意味があるわけではないが、二人にとっては挨拶みたいなものだ。それで不快になったりは、しない。むしろ互いに、あぁらしいなぁと感じるくらいだ。
 だがここで、霊夢は気付く。文が明らかに、普段と違うことに。具体的には視線が泳いでいたり、何故か手をもじもじとさせたまま動こうとしない。言葉はいつもの文のくせに、動きがおかしかった。

「何? どうかしたの?」
「へっ!? な、何?」
「質問に質問で返すな、あんたの挙動がおかしいから理由は何よって訊いてるの」

 じろりとした目つきで睨んでくる霊夢を見て、不覚にも怖さよりも「あーこういう表情も可愛いわ霊夢って」とかなんとかズレたことを考えてニヤっと口角が上がってしまう。
 けれども、その笑みが霊夢にとっては馬鹿にされていると感じられて、からかわれてるか何かだと感じて、目つきがより鋭いものへと変化する。とても少女が出すような殺気や、するような目つきではない。もし幼い子どもがこの場に居たなら、周囲が引くレベルで泣き出すだろう。
 さすがにここまで不機嫌オーラを出されると、文も焦り始める。せっかくこれからデートだっていうのに、気まずいままスタートしたら最悪だ。
 だからこそ、手を伸ばす。このタイミングを逃したら、状況が悪化することが目に見えているから。
 勇気を出して、震える手で。文は霊夢の手を、素早く掴んだ。握るというよりも、掴むという言葉が適切なくらいの勢いだった。

「ちょっと、いきなり何よ?」

 霊夢からすれば、挙動がおかしいやつにいきなり手を掴まされて、一部自由を奪うようにされた感覚だ。
 だがもちろん、文が何も意味なしにこんなことをするようなやつでもないとわかっている。それゆえ、頭に疑問符を浮かべた。
 文は数秒前よりも、ずっと真っ赤になっていて。たかが手を掴んだだけで、意識しすぎてしまっていた。他の誰かじゃこんなことにはならないのに、恋って凄い。頭の中でそう零しつつも、説明しなければと口を開く。

「手を……」
「は?」
「つ、付き合ってるんだから! 手くらい繋いだって、その……いいでしょう?」

 最後の方は消え入りそうな声で、でも霊夢にはしっかり聴こえていて。
 数秒の無言、風の音がやけに騒がしく思えるくらい、そんな静寂。
 そしてとうとう霊夢が、ぷるぷると身体を震わせて――

「く、あははははは! 何よ、ただ手が繋ぎたかったってだけ!? ちょっと、ちょっと待って……お、おかしくて、ふっははははははは!」

 お腹を抱えて笑い出した。

「んなぁっ!?」
「なるほどね、それで挙動が変だったわけね。あーおかしい」
「はいはいどうせ私は変よ悪い!?」

 もはやヤケ気味に反論になっていない反論を繰り出す文に、霊夢はまた笑う。
 笑って、掴まれた手を一度解いて。文の手を、霊夢の方から握り直した。文の掴んできたような一方的なものではなく、指を絡めて、しっかりと。

「どうせならこれくらい、やってみなさいよ。ばーか」
「~っ!?」

 言葉だけ聴くと、相変わらず馬鹿にしたようなものだった。でも霊夢の頬が、ほんのりとピンク色なことが文にもわかって。
 暑いわけじゃないのに、手のひらから汗が伝わってきて。
 それだけで文は、何も言えなくなってしまった。

「ほらさっさと出掛けましょう? 文のおすすめの甘味処、連れてってくれるんでしょ?」

 霊夢がぎゅうっと握る手に力を込めると。

「……そうね、行きましょうか! でもその前に、一ついい? この勢いがないと、ちょっとできなさそうだから」

 文も負けないくらい、強く握り返した。
 そして霊夢の瞳を見つめて、顔を近付ける。今の流れがないと、一生この先も進めない気がしたから、文は進む。ムードも何もないし、いきなりすぎる。もしかしたら殴られるかもしれない、蹴られるかもしれない、それでも構わない。
 霊夢の瞳が、微かに揺れた。
 びゅうびゅうと、風が吹いた。
 影が、重なった。



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