暇潰し2011-10-28 Fri 01:06
「ああぁぁぁっ!」 椛は吠え、剣を振るう。けれども、掠りもしない。軽く舌打ちをしながら弾幕をばら撒くも、当たらない。椛自身、この程度の弾幕が当たらないことくらいは、分かっている。少しでも時間稼ぎになれば、儲けものといったところだ。 眼で動きを追えているのに、その動きから次の行動が予測できるのに、椛が霊夢にダメージを与えることは一切無かった。本来ならば、ここらで身を引くのが賢い選択だ。しかし、それはしない。 服はあちこち破れ、肌は既に傷だらけ。喉は熱く、体は痛みなどとうに感じない程に麻痺していた。 けれども、眼だけはしっかりと、目の前の敵を捉えている。満身創痍の椛と対照的に、霊夢には傷一つ無い。服に汚れもついていなければ、息も乱れていない。 「ここを通せって言ってるのが、分からないの?」 「……部外者は立ち入り禁止と言っているのが、分からないんですか?」 「はぁ、獣に会話なんて通用しない、か」 「っ!?」 霊夢がため息を吐いたと同時に、椛の視界からふっと消えた。 一体何処へ、と考えるまでも無かった。椛の背に、そっと手のひらが添えられていたから。 「零距離からの封魔陣、今のあんたに耐えられるかしらね? 最後にもう一度だけ訊くわ。ここを通しなさい。私は異変に用があるのよ」 だからさっさと退け、と霊夢は言う。 もし断るならば、当然このまま霊夢のスペルカードを浴びることになるだろう。 「正直、もう今にも倒れそうなくらい、くたくたなんですよ。あと一発、童を叱る大人の拳骨程度でも喰らったら、糸が切れたかのようにその場に倒れると思います。それくらいには、弱ってます」 「……で? あんたの答えは?」 「それでも通すわけには行きませんが、今の私では足止めすら出来ない。なので私が監視役として、あなたの異変解決に付いて行くというのはどうでしょう?」 「提案のように言ってるけど、それ私にメリットないわよね? 私は数秒もかからずに、あんたを倒してここを進むことが出来るのよ」 「私が居れば、これからの山の道中、余計な戦闘をしないですみますよ。警備の者には事情を説明しますから。余計な体力を使わない、というメリットがあります」 どうしますか、と問う椛。これが今の椛に出来る、精一杯のことだった。 それに対し、霊夢はしばし無言。 少しして、ゆっくりと口を開く。 ――果たして、霊夢は椛を受け入れるのか。異変は無事解決するのか。次回『椛、散る』です。お楽しみに! 「これ、次回予告で凄いネタバレしてる気がしてならない」 「あら妹様、文屋の新聞?」 「うん、最新号だってさ。はい」 フランドールは読んでいた文々。新聞を、パチュリーに渡す。 「パチュリーってさ、毎回それ読んでるけど、面白い?」 「そこそこ、かしらね」 そう答えながら、パチュリーは新聞に目をやる。どうでもいいような出来事から、占い、天気、小説、俳句、短歌、人里のカフェ割引券、(売り手が)得々キャンペーンなどなど、無駄にコーナーが豊富だ。 フランドールはパチュリーに渡す前に一通り読んでみたが、特に興味を引く記事やコーナーは無かった。 しかしパチュリーは、じっくりとそれを読む。 「どの辺が面白いの?」 「まず記事が他の天狗の書く新聞より、しっかりしてるところとか。あと料理欄、この『十六夜咲夜の十秒で出来る料理シリーズ』とか」 「それ見て私驚いたよ。咲夜、コーナー任されてたんだね。でもこれ、咲夜だから出来ることだよね」 「そうね、明らかに時間を止めて作ってるわよね。今月紹介されてる料理十五品で合計十秒とか、絶対咲夜以外の人無理よ」 新聞には咲夜の瀟洒な笑みの写真と共に、「ね? 簡単でしょう?」と書かれていた。恐らく、これを読んだ人全員が「いや、お前だけしか出来ねえよ」と心の中で突っ込んだだろう。 よく見ると、他のコーナーも知ってる誰かが任されていたりする。 「ちなみに妹様が読んでいたさっきの小説部分、あれ小悪魔書いてるのよ」 「そうなの!?」 「えぇ、短期連載らしいけどね。あと占いのコーナー、あれレミィよ。生活に役立つ魔法術のコーナーは私ね。それと『門番の在り方』ってコラム書いてるのは美鈴」 「みんな何やってるの!?」 「ようするに、それくらい暇なのよ」 「あぁ、うん……暇なのは分かるけど」 ここ最近、何もない日常が続いている。 異変も無ければ、ここ数週間は珍しく宴会も開催されていない。紅魔館へとやってくる客も、別に居るわけでもない。 とにかく何もなさ過ぎて、みんな暇だった。 フランドールもここ最近、ずっと図書館に来て本を読むくらいしかすることがない。紅魔館内での弾幕ごっこはレミリアと咲夜に禁止されているし、勝手な外出も基本的には禁止だ。そうなると結局、本を読むことくらいしかないわけで。 「まぁ私は別に、暇でも良いんだけどね。静かに本が読めるわけだし」 「私はそろそろ飽きてきたよ。あーあ、何か面白いこと起きないかなぁ」 「いっそ異変の一つでも起こしてみたら? 妹様なら、ちょいちょいっと異変起こすことくらい出来るでしょう」 「それはそれで楽しそうだけど、後々霊夢に怒られるのは嫌だなぁ」 「レミィの部屋に行けば? あなたが望めば、喜んで遊んでくれそうだけど」 「……暇だから構ってなんて、恥ずかしいじゃん」 「私の所には来てるのに?」 「パチュリーは良いんだよ。だって、パチュリーだもの」 「褒め言葉として受け取っておくわね。小悪魔、紅茶」 パチュリーが指を鳴らすと、小悪魔がふっと現れた。 「うわっ! びっくりしたぁ。何これ?」 「転移魔法の一種でね。私が指を動かすだけで、あらかじめ登録した物を呼び寄せることが可能なの」 「私は物扱いですか……。えっと、紅茶でしたっけ。少々お待ちを」 「いや、紅茶は良いわ。あなたの顔見たら、恐ろしいほどに飲む気無くなったから」 「酷い理由!?」 「それよりも小悪魔、何か面白いことしなさい」 「そして無茶振り!? いや、もう慣れてますけど! むしろそれでこそパチュリー様って感じですけど! そんなパチュリー様が大好きですけど! あぁもうこんちくしょうっ!」 小悪魔は俯き、しばし考える。 フランドールもパチュリーも、何も言葉を発さずにただただ小悪魔を待つ。 「一つ、話をしましょうか」 すると、小悪魔が口を開いた。 「これは魔理沙さんから聞いた話なんですが、里の近くに穴があるらしいです」 「穴?」 「えぇ、その穴は底が見える程度で、そこまで深い穴ではないんです。大体大人の男性が入ると、膝あたりまで入る感じでしょうか。とにかく、そこまで深くは無いですが、そのくらいの穴があると危ないということで、埋めてしまおうという話になったそうです」 「へぇ、それで?」 フランドールは首を傾げ、パチュリーは続きを急かす。 「すると、妙なことが起きたそうです。いざ埋めようと土をかけると、埋まらないんだそうです」 「ほえ、埋まらない? どういうこと?」 「言葉の通りです。どんなに土をかけてもかけても、その穴が塞がることがないんです。不思議に思った人が、その穴に入れたはずの、目に見える土に手を伸ばしたそうです。するとどうでしょう、次の瞬間にその人の腕から先が、まるで初めから無かったかのように消えてしまったんです。血も出ず、ただ消滅。痛みも無く、突然に」 「そ、それで? どうなったの?」 ごくり、と唾を飲み込み、フランドールが訊ねる。 パチュリーは無言で、しかし目で続きをと小悪魔に合図する。 「え? これで終わりですけど? まぁそれは不思議な穴ですねうふふ、みたいな」 「……は?」 「え、ちょ、その人がどうなったとか、結局どうしてそうなったとか理由は!?」 「さぁ? 魔理沙さん、これ話してる途中でお腹空いたから帰るって言って、帰っちゃいましたし」 「なんでそんな中途半端な話を今したのさ!?」 「小悪魔流、もやもやする話でした」 「もやもやさせることが目的だったの!?」 「どうでしょう、パチュリー様?」 「狙いがもやもやなら悪くは無いけど、これだけで面白い面白くないの判断は出来ないわ。というわけで、もう一回ね」 「う、うぐぐ……」 小悪魔はうめきながらも、新しい何かを考える。 すると今度はあっさり思い付いたのか、ぱっと顔を明るくさせ、さっそく話し始めた。 「あ、ありました! とっておきの話が! これ、魔理沙さんから聞いた話なんですが、森では妙なことがたまに起きるんだそうです」 「妙なこと?」 「暗い中、森の中に居るとたまに起きることのようで。何処からか声が聞こえてきて、その声を聞くと次第に視界が暗く、そして最終的には何も見えなくなってしまうそうです」 「ちょっと小悪魔、それはあのミスティアとかいう妖怪のせいじゃないの?」 パチュリーがそう言うと、小悪魔はふるふると首を横に振った。 「いいえ、ミスティアさんとは決定的に違うところがあるそうです。まず声も違いますし、それは歌のようなものじゃないんです。まるで女性の泣き声のような……そんな感じだそうです。そしてそれを聞くと、真っ先に走って来た道を戻らないと行けない。そうしないと、そのまましばらくは帰れなくなってしまうんだとか」 「帰れなくなる?」 「はい。その声をずっと聞いて、視界が完全な闇になると、足が動かなくなってしまうんです。足だけが動けないので、上半身は動かせますが、そんな状態で動こうとすれば地面に倒れてしまいます。するともう、逃げられません。ずっと女性の泣き声のようなものを耳元で聞かされているような、そんな錯覚に陥ります」 「しかも動きたくても動けず、目も見えない。なるほど、精神的にクるかもね」 「さらに人間なら、獣か妖怪に襲われるかもしれないという恐怖にも襲われます。朝になると、今までが嘘のように普通の状態へと戻るそうです。ですが」 「で、ですが? それで何事も無く終わり、じゃないの?」 「そのときのことが忘れられず、日常で普通に生活していても、その泣き声を耳元で聞かされてる錯覚に陥ることがあるんだとか。そしてそれに耐えきれず、最終的には……ふふっ」 「ちょ、小悪魔怖いよその笑顔! で、最終的にはどうなるの?」 「秘密です。はい、これでこのお話はおしまいです。どうでしたか、パチュリー様?」 「あ、ごめん寝てたわ」 「寝てなかったですよね!? パチュリー様途中何度か相槌打ってましたよね!?」 いろいろと酷いぞこんちくしょう、と騒ぐ小悪魔をまぁまぁと宥めるパチュリー。 思わずフランドールは、苦笑い。 「ホントごめんなさいね。というわけで、もう一つ話しなさい」 「うぅ、理不尽ですよ……。あぁじゃあ一つ、これは魔理沙さんから聞いた話なんですが――」 「小悪魔どんだけ魔理沙から聞いた話持ってるのさ!? というか、それなら魔理沙呼んだ方が早いよね!?」 「あぁ、それは無理ですよ」 「なんでさ」 「だって魔理沙さん、さっきの話を私に教えてくれた後から、行方不明になってますもの」 「え?」 思わず、無言になる。 小悪魔はさっき、最終的にはどうなってしまうか秘密と言った。そして小悪魔曰く、行方不明になったという魔理沙。 つまりは―― 「……怖っ!? というか、なんで面白いことをしろっていう要求から、いつの間にかちょっと怖い流れになってるの!?」 「まぁまぁ、ちょっとした暇潰しにはなったんじゃないですか? というわけで、私は仕事に戻りますね。それでは失礼します」 「えぇ、ありがとう小悪魔」 「魔理沙どうなったの!? ねぇ魔理沙は!?」 フランドールの声を軽く無視しつつ、小悪魔は本の整理作業へと戻って行った。 またパチュリーとフランドール、二人だけになる。 「ふぅ、まぁ少しは暇潰しになったわね」 「凄い……もやもやするけどね……」 いっそ本当に異変起こした方が楽しかったかもしれない。そんなことを思った、フランドールだった。 ちなみに魔理沙は風邪を引いて、博麗神社で看病されてただけだったそうな。 |
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