鬼とスキマと天人のなんてことない日常2011-07-06 Wed 19:09
タイトル通りのお話です。
はい。 「はい、今から紫の弱点発見会議をしまーす!」 「え? 何これ?」 突然天子に少し付き合えと言われ、天子の部屋へ来たは良いが、てっきり飲み比べか何かかと思っていた萃香はきょとんとする。 しかし天子はそんな萃香を無視して、テーブルに一枚の紙を広げる。真っ白い、何も書かれていないただの紙だ。 「この紙に紫の弱点と思われるものを、箇条書きにしていきましょう」 「いや、意味が分かんないんだけど……。もう、こんなくだらないことなら私は帰るよー?」 「ちょっと、何のためにあんたを呼んだと思ってるのよ! 古くからの友人なんでしょ? それだったら、紫の弱点の一つや二つ知ってるんじゃない?」 「えー? 私そーいうのあんまり気にしないからなー」 「もし成功したら天界のお酒あげる」 「よっしゃ、任せろぉ!」 渋っていた萃香、数分もしないうちに懐柔。 しかし、相手は紫だ。萃香はいろいろと考えてみるが、いまいち思い付かない。萃香と紫は長い付き合いではあるが、互いに弱い部分を見せることなんて無かった。 「というかさ、思ったんだけど」 「何?」 「あいつの弱手知ったところで、どっちにしろ天子じゃ勝てないんじゃないかな。天子が弱いってわけじゃないし、むしろ天子は結構強い部類だと思うけど、なんせ相手が悪すぎる」 「う……」 「仮に、あの紫に何か弱点があったとしよう。だけど、紫がそう易々と弱点を突かせてくれると思うかね?」 「うぐぐ……」 「大体、あんたは緋想の剣を持っているだろう? あれの特性が必ず相手の弱点を突くことが出来るって時点で、既にあんたは優位な立場なんだよ。それなのに勝てないってことは、そもそも根本的に力の差がありすぎると私は思う」 「ごふっ……」 瓢箪に入った酒を口に運びつつも、萃香は冷静に天子が勝てないであろう理由を述べる。その言葉一つ一つが、天子の薄い胸にクリティカルヒット。天人はナイフが刺さらないくらいには丈夫でも、言葉のナイフには脆かった。 うつ伏せになったまま、ぴくりとも動かなくなる天子。 これには萃香も苦笑い。 「いや、だからと言って別に諦めろとは言わないよ。天子は元から強いんだから、強くなろうと努力すればもっともっと上を目指せるとは思うし。そもそも、相手が誰でも勝利の可能性があるのが、弾幕ごっこの醍醐味だからね」 「……本当?」 「まぁそう簡単にはいかないとは思うけどね。時間をかけて、策を練ったり実力を積めばあるいは――」 「よし、今日中に紫を倒して見せるわ!」 しばし、沈黙。 呆れたような視線を、天子に無言でぶつける。 「あんた、話聞いてたかい?」 「勿論。萃香は一日やそこらじゃ無理だって言ってるけど、策略なら一日でも可能性はあるわ」 「確かにお前さん、頭は結構回る方だとは思うが、相手はあの紫だぞ? 紫の式である藍でさえ、桁外れの切れ者だっていうのに。紫は普段胡散臭いし、ふらふらへらへらしてるようなやつだけど、それでも一応妖怪の賢者だ。天子レベルじゃあ、手のひらの上で踊らされるのがオチだと思うけどねー」 けらけらと笑う萃香に、ちょっぴりいらっとくる天子。しかもそれが事実であることが、天子にも分かる。それゆえに、さらにいらっとくる。 かと言って、それを認めて諦められるほど、天子は素直じゃあない。 「そ、それでも、やってみなきゃ分からないじゃない!」 「うんにゃー。お前さんくらいの頭と実力があれば、結果は分かってるんだろう?」 「うぐぐ……」 「それとも、何か良い策でもあるのか?」 「そ、それは……それを今から考えるのよっ! 萃香も何か知恵を貸してよ! 私より戦闘経験豊富そうだし!」 「んーでも私、紫みたいな掴みどころのないタイプ、割と苦手なんだよねー。それにさ、天子は気付いてないわけ?」 「は? 何が?」 萃香の質問の意味が分からず、首を傾げる天子。 すると萃香は、天子の後ろを指さした。 「何よ? 一体何が――」 「はぁい、ご機嫌いかがかしら?」 そこにはとても良い笑顔の紫が居た。 天子硬直。 気付いてなかったのか、と萃香は苦笑い。 「片腹が大激痛して意識を失いかけるレベルに、面白そうな話が聞こえていたのだけれど、私の気のせいかしら?」 「き、気のせいじゃない、紫? ほら、歳で耳がおかしくなって――へぶぁっ!?」 無言で天子の目に、人差し指をぷすっと。 いくら体が丈夫である天人と言えども、さすがに目は痛い。なんとも言えない変な声を上げながら、痛みにゴロゴロと床を暴れる天子。 萃香はそんな天子を見て、腹を抱えて笑っている。 「まったくもう、萃香も何をこんな馬鹿みたいなことに付き合っているのかしら」 「良いじゃないか、お前を倒そうなんて思ってるんだぞ? そんな身の程知らずで、けれども面白いやつを放っておけるか」 「目がぁぁぁぁぁ!? 目がぁぁぁぁ!」 「……まぁ、確かに面白いですわ。この苦しむ様子は特に」 このドSが! と天子は心の中で吐き捨てる。今すぐにでも斬りかかりたい衝動に駆られるが、今は緋想の剣を持って来ていない。それに加えて、未だ痛みでまともに動けない。天人は体が丈夫ではあるが、別に回復力が優れているわけではないのだ。むしろ、妖怪の方が回復力は長けているだろう。 萃香は未だ起き上がれない天子を見て、紫の方を向いた。 「ちょいとやりすぎたんじゃない?」 「冗談。この程度でやられるようなら、しつこく私に付き纏ってきませんわ。むしろ追撃をしないだけ、今日の私は優しい方よ」 「普段は追撃するんだ……」 「……っ! くたばれスキマぁ!」 まだ全快ではないが、意地で起き上がり、紫へと殴りかかる天子。全力の右ストレートだ。 しかし、そんな見え見えの攻撃が紫に通じるはずもなく、スキマでひらりとかわされる。一瞬で、天子の背後へと回った。紫自身の速度は速くないが、このスキマのせいで疑似的な瞬間移動が可能になる。生半可な攻撃では、服に汚れ一つ付けることすら難しい。 そして紫がこの隙を見逃すはずもなく、すぅっと扇を構え、複数のスキマを同時に展開。 「あ、やばっ!」 「おおっ!」 全てのスキマからレーザーが発射されると同時に、天子はすぐさま自分の背後に要石を落とす。激しい音を立てて、レーザーが要石を削る。一時的な防御ではあるが、天子がこの状況から脱出するのには充分な時間稼ぎになった。 避けきれないレーザーは要石で防ぎつつ、確実に紫との距離を詰める。速く、それでいて慎重に。 「やっぱり天子、結構良い動きするんだけどなぁ……。けど、あれじゃあ紫には届かない」 萃香がそう零すと同時に、天子は構え、無数のレーザーを発射。直線的で、しかもばらけずに固まっているため、避けるのは容易い。それなりの威力はあるが、正直に撃っても当たらないだろう。 しかし、紫は笑みを浮かべたまま、その場から動こうとしない。避けようと、動かなかった。 ただ一枚、スペルカードを発動。 「四重結界」 「んなっ!?」 天子のレーザー程度では、決して突破出来ない壁だ。レーザーが弾かれるだけでなく、あの結界に触れただけで大ダメージだ。 すぐさま天子はバックステップで距離を取ろうとするが、それを見ていた萃香がため息。 「実力差のある相手に、守りに入ってもジリ貧だって。あーあー、ほら」 「はい、終了」 「え?」 再び、反則的なスキマでの移動。背後では無く、天子の頭上に。 そして紫はそのまま、スキマからロードローラーを出現させ―― 「ロードローラーよっ!」 「ごふぁっ!?」 天子を潰した。 結果、いつも通り紫の勝ちになった。 そして室内で暴れたせいで、天子の傷以上に、部屋が凄いボロボロになってしまった。 ~少女回復中~ 「死ぬかと思った!」 「死んじゃえば良かったのに」 ボロボロだが、なんとか意識を取り戻した。萃香はけらけらと笑っているが、天子からしたら笑い事じゃなかった。 ちなみに紫は天子が意識を取り戻すと同時に、ちっと舌打ちした。 「ねぇ萃香、このスキマなんでこんなに性格悪いの?」 「あはは、今さらな質問じゃないか。これはあれだよ、紫は俗に言うツンデレってやつなんだよ」 「萃香、潰しますわよ」 「ツンドラって何?」 「誰がこのタイミングで凍土帯の話をしたか。いいか天子、ツンデレっていうのは普段はツンツンしてるけど、二人きりになると……なんていうか、ぺろぺろしてくるくらいにデレデレになるやつのことを言うんだ」 「え? 何それ気持ち悪い。病気じゃん」 「そうだよ、紫は病気なんだよ。ただし、恋の病だけどね」 「よし、二人纏めてお仕置きが必要のようですわね」 萃香の角を掴み、うりうりと押さえる紫。萃香は特に嫌がる様子も無く、わははと笑いながらそれを受け入れていた。 天子はそれを見て、雰囲気を察し、あぁこの二人は本当に友人関係なんだなぁと改めて思った。 「さて、おふざけはこれくらいにして。えっと……何の話だったかしらね」 「あれだよ、紫が病気って話」 「いや、それはもう良いから。特に何も話してなかったと思うけどねー。ただ紫の性格が悪いってだけで」 「あなた、毎度の如く私に性格悪いと言うけれど、何? 優しくされたいの? 超優しい笑顔の私でも見てみたいわけ? 想像してごらんなさいな」 紫にそう言われ、天子と萃香は笑顔で超優しい穏やかお姉さんな紫を想像してみた。 ~少女想像中~ 「紫、勝負よ!」 「だめよ、天子。あなたの綺麗な肌に傷をつけるのは、好ましくないわ。ほら、私の膝の上にいらっしゃい」 「え、や、ちょ……」 天子を持ち上げ、無理矢理膝の上に座らせる。 最初はジタバタと暴れていたが、紫に耳元で「めっ」と言われてから、抵抗をやめた。 「よしよし、良い子良い子。あんまりお転婆しちゃだめですわ。遊びたい気持ちは分かるけど、別に弾幕ごっこじゃなくても良いでしょう?」 「べ、別に遊びたいわけじゃあ……」 「あら、じゃあ私と遊びたくはないのかしら?」 「うぐっ……」 紫が天子の顔を覗き込み、穏やかな笑みを浮かべる。 顔の近さ、密着した身体、そして匂い。それを感じた瞬間、天子は顔がかぁっと熱くなるのを感じた。 「あらあら、可愛い」 「ぅ~」 ~少女想像終了~ 「きもっ!? 寒っ! うざっ!」 「せっかくの酒が不味くなる……想像しなきゃ良かった。うへぇ……」 萃香も天子も、げんなり。 それはそれで、ちょいとカチンとくる紫。張り倒してやろうかと考えたが、自分から言った手前、出来なかった。 天子は紫の肩をガシッと掴み、真剣な表情で一言。 「紫、あんたはいつまでも、その性格の悪さを大切にしてね」 「もしかしなくても、それ喧嘩売ってるわよね」 「いやいや紫、私からもお願いだ。紫はいつまでも、その胡散臭さを忘れないでくれ。あんたから胡散臭さを取ったら、もう何も残らんよ」 「あれ? これはさすがに、私泣いても良い場面よね?」 「紫が泣くところとか、想像がつかない」 「長い間友人やってるけど、見たことないし見たくない」 「今まさに泣きそうですわ」 あまり良いイメージを持たれてはいないことは百も承知だったが、ここまで言われるとさすがの紫も、ちょっとショックだった。 もういっそ、超笑顔で優しいのを演じてやろうかと考えたが、それはそれできっとまた何か言われるだろうと予想できたので、やめることにした。 紫はため息を吐きつつ、とりあえず天子を蹴る。 「ちょ、八つ当たりはやめなさいよ!」 「あぁ、ちょうど蹴り心地が良さそうなものが目の前にあると思ったら、あなただったのね」 「蹴り返しても良い?」 「電車で轢き返しても良いのなら」 天子はしばし考えて、蹴り返すのをやめた。紫なら本気で電車をぶつけてきかねない、と判断したからだ。 蹴りと轢きでは、割に合わない。 「あっはっは、あんたらは本当に仲が良いねぇ」 「萃香、眼科行くことを勧めるわ」 「萃香は頭がおかしいから、仕方ないですわ」 「そうね、萃香は存在がもうおかしいわよね」 「よーし二人とも、その喧嘩買っちゃうぞー?」 「あら、二対一でやって良いの? 緋想の剣と要石とスキマを同時に受けたいとか、いくら萃香でも勝ち目ないと思うけどね」 「さぁ萃香、私がスキマで天子を錯乱させるから、あなたはその隙に一発でかいのを当てて頂戴」 「よしきた!」 「あれ!? いつの間にか、私が一人になってる!?」 何故か一気に窮地に立たされた天子。 勿論、萃香も紫も本気ではないため、弾幕ごっこになど突入はしないが。それでも紫と萃香に構えられると、冗談とはいえ妙な威圧感と迫力があった。 「冗談やめてよ、もうっ」 「あはは、天子がやりたいって言うなら、私は紫と組んで戦っても良いけどね」 「勝てる気がしないわよ、ばーか」 はぁとため息を吐く。 すると紫がスッと立ち上がった。 「さて、私はそろそろ帰るとするわ」 「あれ? 帰っちゃうの?」 「ええ、ちょっとね。もしかして、寂しい?」 「……そんなわけないじゃん」 「では、さようなら」 紫はスキマを使って、姿を消した。 萃香も天子も、突然だった紫の動きに少し首を傾げる。 「どうしたんだろ、紫」 「さぁ? ここに残ってたら、何か都合の悪いことでもあったのかね」 「……都合の悪いこと? あ、あー!?」 「うわっ、何さ突然大声上げて?」 萃香の言葉に天子は周囲を見渡し、気付いた。天子の傷は治ったが、部屋はボロボロのままで、何一つ片付いていないことに。 紫はこのままでは後片付けを手伝わされる羽目になる、と予想して、さっさと姿を消したのだ。 俯いて、ぷるぷると体を震わせる天子。 「あいつ……逃げやがったぁ! こうなったら、萃香! あんたに手伝ってもら――」 天子が顔を上げると、既に萃香の姿は無かった。 「あぁっ!? あいつ、疎になって逃げたー!?」 結局天子は、その日一日を費やして、一人で片付けることになったそうな。 |
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